「渥美清」と「男はつらいよ」〜 ③渥美清さんが寅さんを演じ続けた理由


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「渥美清さん」と「男はつらいよ」 前々回 前回 につづく最終回③です。

 

今回も小林信彦さんの名著「おかしな男 渥美清」を紐解き、「男はつらいよ」が国民的人気映画シリーズになっていく経緯から、意外なエピソードと、「寅さんを演じ続けた渥美清さんの心情」をご紹介します。

 

©松竹

 


 

●映画化に「反対」した松竹

 

松竹は当初、「男はつらいよ」の映画化に難色を示します。当時はまだ映画界からTVの地位がかなり低く見られていて「電気紙芝居」と揶揄されていた時代。TV発祥の作品を劇場映画なんて、という考えが普通でした。

 

山田監督と松竹プロデューサー上村力さんは何度も説得し、最終的には社長決裁でゴーサインが下されますが「公開日未定」の扱いで「四面楚歌の中のスタート」(山田洋次監督談)だったのです。

 

このとき、渥美清さん41歳、山田洋次監督37歳。渥美清さんは主役としてコメディアンを演じ決定打を放つラストチャンス、と捉えていたようです。

 

 


 

●最初の5作は2年で作られ、いつ終わってもおかしくなかった

 

1作目「男はつらいよ」1969(昭和44)年8月公開。動員54万人(大ヒットとはならず、健闘した部類)

2作目「続・男はつらいよ」同年11月公開 48万人

3作目「男はつらいよ フーテンの寅」1970(昭和45)年1月公開 52万人

4作目「新・男はつらいよ」同年2月公開 48万人

5作目「男はつらいよ 望郷編」同年8月公開 72万人

 

わずか2年で5作品とは、この映画斜陽の時期としては異常なハイペース。3作目と4作目はわずか1か月しか間隔がありません。松竹としては「セットも残ってるし、そこそこヒットするし、批評家筋からの評判もまずまずだから、止めるわけにもいかない」程度のもので、まさかロングランの超人気シリーズになるとは思っていなかったようです。

 

山田洋次監督も「ここまで続くなら、さくらをあんなに早く結婚させなかった」と語っておられます。

 

1作目は1970(昭和45)年の「キネマ旬報」ベストテンの第6位、主演男優賞も渥美清さんでした。2作目も第9位に入っています。

 


 

●全作の脚本は山田洋次監督が手掛けたが、監督してない作品がある

 

3作目は監督が山田洋次さんではなく森崎東さん。4作目はTV版の演出を担当した小林俊一さんです。

 

後に山田洋次監督は「脚本だけ書いて監督はほかの人に頼んだが、どうしても納得がいかなかった。良い悪いではなく寅さんのにおいがしない。このまま終わらせるのはどうにも忍びなく、もう一度僕が撮って終わりにしようと思った」と語っています。

 

第5作「男はつらいよ 望郷編」は初代さくらの長山藍子さんなどかつてのTV版キャストも総出演し、物語としても「完結」します。

しかし、これが動員72万人の大ヒットに。名実共に松竹の(唯一の)大当たり、看板映画になるのです。

 

そしてシリーズ第6作「男はつらいよ 純情篇」は、マドンナ役に大映の大スター若尾文子さん、ゲストに森繁久弥さんを迎え、翌1971(昭和46)年の正月映画として封切り、と発表されます。長崎ロケも敢行し、ここからお約束の全国ロケもスタート(キネマ旬報1970(昭和45)年度第8位)

 

小林さんは「ここから、男はつらいよは本当のシリーズ、掛け値なしの〈商品〉になった」と評しています。

寅さんの望郷、とらやでのトラブル、家出~といったその後のパターンも、この作品で確立しました。

 

ちなみに、この1970(昭和45)年の「日本テレビ 人気タレント ベスト・テン」

1位 石坂浩二
2位 堺正章
3位 ドリフターズ

ときて、7位が渥美清さん

そのほかのメンツは宇野重吉、山口崇、石立鉄男、石原裕次郎、山本圭、三船敏郎さんでした。

 


 

●任侠映画のパロディ?

 

1971(昭和46)年、佐藤忠男さんは「男はつらいよシリーズは、暴力とファナティックな要素をぬきにしたやくざ映画である」と評しています。

 

第1作が公開された1969(昭和44)年といえば、学園紛争終焉の年。東大安田講堂、新宿西口騒乱がありました。小林さんは「“傷ついた若者たち“は、東映やくざ映画から「男はつらいよ」の深夜興行に移動したのではないか」と分析。

 

テキ屋とは言いますが、寅さんは「やくざ」です。テキ屋とは的屋、香具師とも呼ばれ、お祭りの縁日などで小売や射的などを営む商売。博徒などと共に、“後の暴力団の源流“と警察に定義される「カタギではない人」。

 

そして渥美清さんになる前の田所康雄さんは、実際にテキ屋だった、というのです。プライベートを明かさない渥美清さんはあまり多くを語っていませんが「啖呵売の口上を親分に褒められた」「オレが玄関の前に立つだけで、家の人がすっとカネを差し出した」「オレも以前(まえ)が以前(まえ)だからよ」など、時折、(ごく親しい人にだけ)得体の知れないコワさを滲ませる瞬間があったのだとか。

 

そんな主人公が「やくざ」のアウトロー映画が国民的人気シリーズになるのは「王道パターンの確立と、自分を粋と勘違いしているが実際はまるでそうではなく周囲に迷惑ばかりかけるがお人好しで憎めない、そしてなにより失恋ターミネーターの寅さんの笑いあり、涙あり、名口上ありという渥美清さんと寅さんの“ハマり方“にある」と分析する小林さんは、すでにこの頃には「プロットがマンネリ、保守的との批判は出ていて、8作目を観た時にこれは無限のくりかえしになる、渥美清さんも新鮮味を失っていると感じた」と書かれています。

 

渥美清さんマニアの方の中でも「渥美清は寅さん以前の方が凄かった」「寅さんは渥美清の魅力の半分しか活かしていない」と主張する方もいます。

 

しかし“学園紛争と高度成長に疲れた“大衆は「男はつらいよ」に引き寄せられ、第8作で動員は148万人にも達し、その後200万人を超える「国民的人気映画」に

 

「大晦日には寅さんを観に行く」「寅さんを観てから初詣でに行く」といった「国民の風物詩」となります。

 


 

●おいちゃんは3人、おばちゃんは2人いる

 

「おいちゃん」こと叔父さんの竜造役は初代が森川信さん、その後2代目に松村達雄さん、3代目は下條正巳さんが演じています。

「おばちゃん」こと、つね役はドラマ版は杉山とく子さん、映画になり三崎千恵子さんになりました。

 


 

●歌詞は5番まである

 

「男はつらいよ」主題歌の歌詞は

私、生まれも育ちも葛飾柴又です 帝釈天でうぶ湯を使い…

という「口上」から始まり、歌詞は1番から5番まであります(レコードにはすべては含まれていません)

 

映画の冒頭で流れるのは2コーラスで、作品に合わせてランダムな組み合わせ、その都度唄い直されて前口上やニュアンスが異なるため、それを聴くのもファンの楽しみでした。

 

実は、誰もが知っている「俺がいたんじゃお嫁にゃいけぬ」の1番は、第3作「男はつらいよ フーテンの寅」までしか使われていません。さくらがヒロシと結婚してしまったため、その後は「どうせおいらはやくざな兄貴」と変わりました。

 

さらに4番は第4作「新・男はつらいよ」でしか使われていない“幻の4番“。ここは誰が作詞を手掛けたのかもわからないのだとか。

 

レコードは1970年2月に日本クラウンから発売され、シングルで38万枚のセールスを記録しています。

作詞:星野哲郎/作曲:山本直純
歌:渥美清

 


 

●渥美清さんとの別れ

 

本書は、渥美清さんが「寅さんの終了」を見越してほかの作品に進出しようとするさまや、その一方で定番シリーズ化に伴いどんどん人気が加速し、当初の生々しさやキケンな匂いを失い「天使のような愛されキャラ」になっていく様子と、それを演じる俳優 渥美清さんの葛藤にも光を当てます。

 

常に求めていた高い知名度と人気、そして「やればあたる大ヒット作」を持てた幸運と、その一方で「このままでいいのか」という葛藤は、渥美清さんも山田洋次監督も同じく抱えていたと思います。

 

しかし多くの人が楽しみにしていてくれる、喜んでくれる、愛してくれる。いつしか渥美清さんは「田所康雄と渥美清が車寅次郎に飲み込まれていく」人生を選択しました。その裏には、若くして病気で片肺を失い、歳とともにさらに色濃くなる“死への意識“も関係していた気がしてなりません。

 

そしてこの本は死後に起きた「寅さん礼賛騒動」の異常さを冷徹に振り返りつつ、当時の付け人があかす壮絶な闘病の日々を紹介しつつ、幕を閉じます。

 

本書は、小林さんが最後に街なかで渥美清さんとばったり出会い、別れた「個人的な別れ」のシーンで終わります。

 

彼はうつむきがちに言う。
「朝、起きる前から身体が痛いんだよな、節々が。そンでもって、外を歩ってて、子供がちょろちょろしてるのを見ると、妙に腹が立つの。で、ふっと考えるとさ。こっちが餓鬼のころ、町内に、なんだか知らねえけど、気むずかしくて、おれたちを怒鳴りつける爺さんがいたよ。ああ、あの爺さんが今のおれなんだって気づいた時には、なんか寂しいものがあったね」

 

ぼくは笑った。そうするしかなかったのだ。あいかわらず、絶妙の語り口ではあったが、声に力がなかった。

「こんな会話、あなたと交わすなんて、思ってもみなかった」

 

「昔は、二人とも気鋭だったのにねえ」

彼の言葉はぐさりときた。

「気鋭、かね?」

 

「そうだよ。がんばってきたじゃないか。お互い、働く世界は違ってたけどさ」

 

「身体、気をつけて…」
ぼくが言いかけると、

 

「そっちこそ…」
細い目に優しい色を浮かべて、渥美清は会釈した。

「じゃ、また」
さりげなく片手をあげた彼は、あごを引くようにして、ゆっくり歩き出した。

彼の姿を目にした最後だった。

 


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