「スターウォーズ」狂騒曲~1977-1978 大ブームが生んだ「惑星大戦争」「宇宙からのメッセージ」

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スターウォーズが、「エピソード9 スカイウォーカーの夜明け」 (2019年)で遂に、シリーズ完結を迎えました。

その記念すべきシリーズ第1作(エピソード4)が初公開されたのは、1978(昭和53)年。私が8歳のときでした。

 

今回は、当時の日本映画界で起こった”スターウォーズ協奏曲”を、当時の上映作品と共に振り返ります。

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全米公開から1年間遅れでの日本公開

 

全米で第1作である「STAR WARS(後に「エピソード4/新たなる希望」のサブタイトル追加)」が公開されたのは、1977(昭和52)年5月25日。

 

当初は僅か50館での公開でしたが、予想を遥かに上回る興収を記録し、上映館も一気に拡大。全米で一大ブームを巻き起こします。

 

当時、日本では「惑星大戦争」という邦題で呼ばれ、雑誌などで話題に。
まだインターネットもなく、海外旅行もバカ高い時代。それでも夏ごろには「アメリカで見てきた」という人も現れ、マスコミでもたびたび取り上げられ期待が高まっていきました。

 

「宇宙戦艦ヤマト」1977

 

ちょうどその頃、日本では「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版(1作目)が公開(1977昭和52年8月)。

TV版の総集編作品で当初は東京の4館のみでの上映でしたが瞬く間に人気に火が付き、全国ロードショーに。最終的に225万人、配収9億円を記録。

第一次アニメーションブームと共に、SF・宇宙ブームを巻き起こしていました。

「宇宙戦艦ヤマト」についてはコチラ

 

そして「スターウォーズ」日本公開が、翌1978年夏と決定します。
現在ではハリウッド超大作は全世界同時公開もあたりまえですが、当時はこのくらいのディレイはよくあることでした。

 

公開前にもかかわらず、世は”スターウォーズ フィーバー”一色。

映画雑誌はもちろん、一般誌でもスチル特集が組まれ、上映を待ちきれない空気に包まれます。

 

これに便乗して、SF日本映画が相次いで公開されました。

 

「惑星大戦争」1977 東宝

まず先鞭をつけたのが東宝。「ゴジラ」シリーズを手がけたプロデューサー田中友幸氏がスターウォーズ ブームに触発され、長年温めてきたかつての「海底軍艦」(1963 昭和年)の宇宙版リメイクを企画。スターウォーズの当初の邦題をそのまま借用した「惑星大戦争」を1977(昭和52)年12月に公開します。▼

 

▲出演は森田健作さん、沖雅也さん、宮内洋さん、浅野ゆう子さんなど

 

当時、ゴジラシリーズの人気が下火になり1975(昭和50)年の「メカゴジラの逆襲」で終焉を迎えており、田中氏は本作でSF映画の復権に挑んだのです。

 

福田純監督と中野昭慶特技監督コンビによる本作は、宇宙軍艦「轟天号」、古代ローマ船のような異星人が操る「大魔艦」などメカニックデザインが秀逸で、後年特撮マニアの庵野秀明監督がファンを公言するなど再評価されていますが、上映当時は併映が山口百恵&三浦友和主演のサスペンス ラブストーリー「霧の旗」な点に、当時のSF映画の扱いが現れています。

 

海外、特にドイツでは大ヒットしたものの、日本での配収は8億8900万円と中ヒット(78年配収ランキング8位)。制作期間が僅か2か月ほどだったことを踏まえると十分健闘した方ですが、残念ながら大して話題に上らず、作品自体への評価も芳しくありませんでした。

 

 

ちなみに、1978(昭和53)年3月には東宝チャンピオンまつりで「地球防衛軍」(1957 昭和33年)がリバイバル上映されています。

 

「宇宙からのメッセージ」1978 東映

もちろん、東映も黙ってはいません。岡田茂社長の「洋画がヒットしたら同じジャンルの映画を作れ」との鶴の一声で、1978(昭和53)年のゴールデンウィークに「宇宙からのメッセージ」を公開しました。

原案、石ノ森章太郎、監督は深作欣二。深作家督は同年1月に公開して大ヒットした「柳生一族の陰謀」の勢いそのままに、それから数百年後の未来時代劇=竹槍SFというコンセプトで、「南総里見八犬伝」をモチーフにした和製スペースオペラをギラギラ、コテコテに料理しました。

 

そのため悪役(宇宙人)の台詞がことごとく時代劇調で、主人公は真田広之さん、千葉真一さん、悪の皇帝が成田三樹夫さんで、天本英世さん、丹波哲郎さんまで登場。
チャンバラで戦い、宇宙船は帆船(エメラリーダ号)という徹底ぶり。ヒロイン役は若き日の愛弟子、志穂美悦子さんでした。

 

初日から札止めになるほどの人気を呼びますが、その後尻すぼみ。当時の関係者のコメントでは「配収6億円、製作費10億円と宣伝費2.5億円で赤字、海外での収入でトントン」。

実際に全米公開もされ、SF映画のアカデミー賞ともいえるサターン賞最優秀外国映画賞(80年度)にもノミネートされたほか、海外のSFファンから「この映画のぶっ飛び具合、いかがわしさ、ムチャクチャさはスターウォーズよりスゲェ!」と絶賛?されています。

 

そして本作、本家「スターウォーズ」にも影響を与えたと言われています。それはシュノーケルキャメラを用いた敵要塞内部のトンネルに突入し、中枢を直接攻撃により破壊するシーンで、1983(昭和58)年公開の「エピソード6 ジェダイの帰還」のクライマックスシーン、デススター2の破壊シーンにソックリなのです。

 

「未知との遭遇」1978 コロムビア映画

ちょうどのこの2作の間、1978年春には、スティーヴン スピルバーグ監督の「未知との遭遇」が日本で公開になりました。

全米公開は前年の1977(昭和52)年12月。「STAR WARS」より遅かったのですが、日本公開は先で、3か月後の2月末からのロードショーでした。

こちらも宇宙がテーマのSF対策で、巨大円盤との交信に使われる独特なメロディが話題を呼び、「第1種(~第3種)接近遭遇」は流行語になりました。

 

実は公開当時、全米ではそれほどのヒットとはならなかったようなのですが、「STAR WARS」を待ちわびていた日本では空前の大ヒット。配収32億9000万円をたたき出し、78年度第2位となりました。

 

「スターウォーズ」1977 20世紀フォックス

そして遂に、1978(昭和53)年6月24日の先行ロードショーを経て「スターウォーズ」が7月1日から全国ロードショーで公開となります。

私も夏休みに、観に行きました。オープニング、超ド級の宇宙戦艦スターデストロイヤーが画面いっぱいに登場した時の衝撃は、いまだに忘れられません(同時期に劇場で観た映画のほとんどは覚えていないのに、やはりそれだけこの映画が特別だったということでしょう)。

 

当時、小学生低学年だった私が感じたことは、「円谷さんはこういうのが作りたかったんだろうなぁ」ということでした。ゴジラ、ウルトラマンシリーズなど円谷英二さんの特撮を観て育った日本人の多くは、「スターウォーズ」を観て、同じようなことを感じたと思います。

 

これまで観てきた「特撮」は、「よくできてるなぁ」という感じ。しかし、「スターウォーズ」はそういう”ツクリモノ”感がないのです。アメリカ、ハリウッドが本気でやると、こうなるのか!という感じ。

 

根っからの円谷チルドレンの私は、スゴイ!面白い!という驚きと喜びとともに、なんだかこれを日本で作れなかったことに、悔しさを感じたのです(この感覚は、のちに初めてディズニーランドに行った時も感じましたね)。

 

映画館では36ページ、350円のパンフレットが売られていました。ここに掲載された映画評論家の石上三登志氏によるスターウォーズ評が、端的に本作の魅力を表しています。

タイトルは「”スター・ウォーズ”には映画の面白さが全部集まっている」。

そして「最近は観客が大人になりすぎたというか、アクション映画となると暴力の本質論に傾いてしまう。そうじゃなくて昔ながらの活劇を、SFという形を借りて大々的に復活させたのがスターウォーズなのだ」とあります。

 

ジョージルーカスもその制作意図を、このように記しています。

「私は映画を観に行く人なら誰でも、情緒的な体験をもつことを好むと思います。この気持ちは基本的なもので、たとえあなたが7才であろうと、17才、いや70才であろうとも変わらないものです。その体験が強ければ強いほど、そのできばえは優れていると言えます。

 私はずっとアドベンチャー映画が好きでした。ところが『アメリカン・グラフィティ』を完成した後で、ウエスタンの凋落以来、神話的ファンタジー映画のジャンルで観客を喜ばせる映画が欠けていることを痛感いたしました。

 そこで、私は、”何という恐ろしいことが…一体人類はどうなったのか?”という種の問題提起の映画を作らずに、その穴埋めをすることを思い立ったのです。」

 

最初の「スターウォーズ」の物語は実にシンプルです。善玉と悪玉がハッキリしていて、お姫様を救い出すために仲間が力を合わせ、ロボットが出てきて、追跡、破壊、危機一髪、絶体絶命、反撃、大勝利という、痛快な”娯楽活劇”です。

 

そして、日本人好みのテイストがちりばめられているのにも、驚きました。

 

着物のようなコスチューム、師弟による修行物語、そしてビームサーベルによるチャンバラ。実は黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」(1958 昭和33年公開)がモチーフだった、とか、ルークの師であるオビ ワン ケノービは当初、三船敏郎さんにオファーされていた、とかを知るのはかなり後になってからです。そんなことは知らない小学生でも、なんだか日本の時代劇みたいだ、前にどこかで見たことある感じだ、と感じたぐらいですから、日本で爆発的にウケたのもよくわかるというものです。もちろん、日本人が幼少期から円谷さんのおかげでSF「空想特撮」ものに慣れていた、ということも大きかったのです。

 

こうして、「スターウォーズ」は配収43億8000万円を計上し、「未知との遭遇」を抑えこの年最大のヒット作となりました。

 

ちなみに3位以下は、

 

3位 007私を愛したスパイ 配収31億5000万円
4位 野生の証明 21億8000万円

 

ときて、

 

5位 宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 21億円

 

もはや「スターウォーズ」に対抗できるのはアニメのヤマトだけ、というのも、特撮ファンである私からすると歯がゆいものがありました。

 

この「未知との遭遇」「スターウォーズ」の大ヒットにより世界的なSF映画ブームが巻き起こり、1979(昭和54)年「スーパーマン」「エイリアン」、1980(昭和55)「スタートレック」、1982(昭和57)年「ブレードランナー」などの超大作が続々と公開。ハリウッドSF映画人気はピークを迎えていくのでした。

コメント

  1. 大石良雄(本名) より:

    拝啓 サイトヘッド様にはよろしくお願いいたします。しかしこの「惑星大戦争&宇宙からのメッセージ」大作2つ同時に書かせて頂ける事に名誉と誇りを感じ心より感謝を。
    この現在、ほとんど忘れられつつ、ある意味無視されているこの「東宝、東映の2作の映画」こそ決して忘れてはならぬ不滅の傑作と言えます。正直「東宝 惑星大戦争」とは? 余りに名前負けでありセットも何もどえらく貧弱おそまつ、主役の「池部良の何か乗り切れない態度と台詞、、浅野ゆう子のおみ足?」等など見どころはあるのですが、過去のライブフィルムを多用したり登場人物が多すぎたりストーリーが甘すぎたり、、、何かと突っ込み処満載なれど、しかしそれを補って余りあるのが「津島利章氏作曲の素晴らしいテーマ曲&BGM」でした。この音楽こそ東宝映画初の聴きどころ満載の素晴らしい音楽なのです。
    実はよくよく聴きますと、東宝映画初の「フルロックバンドが使用」されているのです。特にこの「テーマ曲は、極簡単シンプルなメロディーにコード和声進行なれど、強く心に残り刻み付けられる強さ」を持っていた。つまりシンプルな覚えやすいメジャー長調のメロこそ命だと。このメロディーに生命を与える素晴らしいアレンジ=大編成のフルオーケストラ&フルロックバンド=4リズム&クラビネット(当時のホーナー社の電子チェンバロ)更に「オーバードライブをギンギンに利かせたEギター」等も最高でした。更に「出撃戦いのBGMでは、テーマに独自のアレンジを加え、後半に弦が実に印象的なメロを奏でますが、、、実はこの部分はどうも「あべ静江の水色の手紙のイントロを参考にされた形跡?」がありますが、見事に昇華されております。何か正直「津島利章氏の音楽と浅野ゆう子の足」しか印象に残らぬ映画でしたが、いやいや充分に観る価値意義はありますね。
    「東映 宇宙からのメッセージ」は当時、東映が物凄く力入れて製作した映画であり、特に「シュノーケルキャメラ=潜望鏡キャメラ=当時世界に3台しか無くて(1台故障中)借り賃1日百万円と言うとんでもねぇ化け物キャメラに、初のビデオ映像の合成と言う画期的な映画でした。更にビッグモロー等の大スターを良くぞ招いたと感心いたしましたね。当時の質の悪い幼稚なビデオ映像とフィルムの合成は、かなり難しく困難で大変だったと記憶しています。
    更に音楽がまた本当に凄かった、、、担当はあの「森岡賢一郎氏」で、おそらくは他の作曲家の諸先生方とは全く別のアプローチにより独自の音楽世界を創られました。特に「戦いのテーマは、森岡氏大好きな、ショスタコーヴィチの交響曲5番の最終楽章を参考にインスパイアし、全く見事な素晴らしいメロディとアレンジに昇華し、忘れ難い印象を強く観客に刻んだ」のです。この森岡賢一郎氏は「団、平井」と言う純クラシックの大家に学び、勉強されたからこそ「こうしたクラシック曲のアレンジオーケストレーションからポールモーリアスタイルのイージーリスニング、更に演歌やJPop、突撃ヒューマン、グレンダイザー等の特撮やアニメまで、万能に対応できる素晴らしい大家でした。やはり山本直純先生や冨田勲先生、冬木透氏同様、クラシックの基礎が完璧な為に「出てくる音楽の質の厚さ、和声の重ね方、等など全て違う」のです本当に。実は惑星大戦争の「津島利章氏は、どうも作曲家になるつまりも無く、なってから専門学校で勉強し直した?と言う異例の経歴をお持ちですが、やはり持って生まれた才能実力とセンスの良さで、あれだけのメロとサウンドを創り出す物凄さは素晴らしいと。
    奇しくも「惑星大戦争、宇宙からのメッセージ」共に決して高い評価は現在無いが、実は確実に一時代を築き、後世に名を遺した作品として認められなくてはならないと。
    ぜひぜひ我々はもう一度、大きな画面でこの2つの大作映画を真剣に観なくてはならないと強く感じました。敬具

    • MIYA TERU より:

      コメントありがとうございます。「津島利章氏の音楽と浅野ゆう子の足」しか印象に残らぬ映画←的確です(笑)この2つの映画を音楽面から観たことがなかったので、新鮮でした。

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