「80年代の吉川晃司」③~1986 自作曲でロック色がさらに加速


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今回は「80年代の吉川晃司」シリーズ③ デビュー3年目の1986(昭和61)年編です。

>①1984年編 はコチラ

>②1985年編 はコチラ

 


 

この年は原田真二さん作曲、Saxの音色が印象的な16Beatのアッパーチューンでスタートします。

7thシングル「キャンドルの瞳」1986.1.1 2位
作詞:安藤秀樹/作曲:原田真二/編曲:後藤次利

 

この楽曲で「ザ・ベストテン」に出演した際、ターザンよろしくスタジオを飛び回り、逃げ回る黒柳徹子さんの姿は何度も名(迷)場面集で放送されました。

 

▼ターザン回

 


 

●原田真二さん

 

原田真二さんは初期における重要人物の一人。広島出身で同郷でもあります。デビュー前に歌唱法を参考にした、とご本人も語っており、これまで「フライデー ナイト レビュー」(1st)、「ポラロイドの夏」「BIG SLEEP」「太陽もひとりぼっち」(2nd)、「心の闇(ハローダークネス)」(3rd)とアルバム曲を数多く提供してきましたが、シングルはこれが初(にして最後)です。原田真二さん曰く「何曲も書いたのにボツにされた」だそうで…

 

吉川晃司さんもデビュー時から自作曲をなんどもボツにされ、ようやく3rdアルバムで自作詩が、自作曲が採用されたのは4thアルバムから、シングルにいたっては8作目からです。木崎さんをはじめとしたプロデュース陣の”吉川晃司ブランド”のクオリティに対するこだわりが感じられるエピソードです。

 


 

●岡村靖幸さん

 

カップリングは、後に親友となる岡村靖幸さん作曲の「奪われたウィンク」。岡村さんの楽曲提供はこの1曲のみ。アルバムには収録されず、長く入手困難曲でした。

 


 

4thアルバム「ModernTime」1986.2.21 1位 19万枚

1.Mis Fit/2.キャンドルの瞳/3.Modern Time/4.MISS COOL/5.Drive 夜の終わりに/
6.選ばれた夜/7.BODY WINK/8.ナーバス ビーナス/9.サイケデリックHIP/10.ロスト チャイルド

 

そして本作から、アイドル色を完全に払拭し、モノクロームでマニアックな作風に大きく変わり、アイドルとして支持する女子中高生ファンを置いてけぼりにするような、本格的なロックの名盤となりました。夏から冬へ、昼から夜へ。リゾートからアーバンを通り越して極北の街に来たような変遷です。私の(ご本人もらしい)最も好きなアルバムです。

 

ベース後藤次利さん & ドラムス 山木秀夫さんの”最強コンビ”に加え、青山純さんもドラムで参加。キーボードに富樫春生さん、国吉良一さん。そしてギタリストは布袋寅泰さんと北島健二さん。加えてサックスで矢口博康さん、Jake.H.Conception松武秀樹さんがコンピュータプログラミングという顔ぶれです。

 

>このアルバムについては以下でも解説しています
「1985年の吉川晃司と尾崎豊と鈴木賢司と布袋寅泰」
「80年代名盤「吉川晃司」~4thアルバム Modern Time」

 

自作による楽曲が半数を超え、自作以外の作曲陣に原田真二さん、中島文明さん、佐藤健さん、安藤秀樹さん。作詞はご本人+安藤秀樹さんです。

 

▼ゴッキーベースが炸裂「サイケデリックHIP」

 


 

●安藤秀樹さん

 

これまでシングル楽曲「にくまれそうなNEWフェイス」「RAIN-DANCEがきこえる」「キャンドルの瞳」、C/W曲「永遠のVELVET KISS」「無口なmoonlight」、アルバム楽曲「フライデー ナイト レビュー」「a day・good night」(1st)「No No サーキュレーション」「サイレントムーンにつつまれて」「グッド ラック チャーム」「Border Line」「She’s gone-彼女が消えた夜」(2nd)「心の闇(ハローダークネス)」「別の夢、別の夏」「in a sentimental mood」(3rd)と、重要な楽曲の作詞を担当してきた安藤秀樹さんは、本作では吉川晃司さん自作以外の全楽曲の作詞を手掛けています(「Mis Fit」「MISS COOL」「Drive 夜の終わりに」「選ばれた夜」「BODY WINK」「ロスト チャイルド」)。

 

安藤さんは「ROCK界の吟遊詩人」の異名をとり、1986年からはソロシンガーとしても活躍しました。

 


 

8thシングル「MODERN TIME」1986.3.21 10位
作詞・作曲:吉川晃司/編曲:後藤次利

 

8枚目となるシングルは、ようやく初となる本人の作詞作曲。4月公開の主演3作目の映画「テイク・イット・イージー」の主題歌としてシングルカットされました。

 

▼夜ヒット(2度目)

 

このアルバムからは自作曲「ナーバスビーナス」がリミックスされ、同じく自作曲の「サイケデリックHIP」とカップリングで12インチシングルがリリースされました。

 

1986.6.21 12インチシングル「NERVOUS VENUS」
作詞・作曲:吉川晃司/編曲:後藤次利

 


 

●野外ライブイベント「休日のSATISFACTION=FAKE」

 

この春、単独での全国野外4会場でのライブイベントを開催します。

4.27 西武球場
4.29 京都・比叡山スキー場
5.3 名古屋・国際展示場
5.5 福岡・小戸トワイライトゾーン

私はラストの福岡公演に行きましたが途中から雷交じりのゲリラ豪雨に。曲中のアクションで足を上げるとイナヅマが走る、というCGのような自然の演出は乙なものでしたが、電子楽器がひとつづつショートして音が死んでいく、という緊急事態に。観客の足元もぬかるみ、寒さに震える中帰る観客もおらず、バケツで水を被り「これでおまえらと一緒だぜー!」と最後まで演りきったパフォーマンスは、圧巻でした。

 


 

●85’DRASTIC MODERN TIME TOUR+TOKYO 8DAYS

 

5.18-8/21、50公演を超える全国ツアーは、初期ソロ時代の最高傑作ともいえる完成度の高いツアーでした。日本では初となるムービングトラス照明を使用し、年明けのフジテレビでの中継では数十台のCCDカメラを駆使した映像が画期的。当時の音楽事務所が所属アーティストに「勉強のために観てこい」と促した、と言われるほどです。

 

 

そしてツアーラスト、渋谷公会堂6日+中野サンプラザ1日+大阪城ホール1日の計8日間は、「仮説 吉川晃司’86 TOKYO 8DAYS LIVE」と銘打たれ、構成も全く異なる、さらにアーティスティックなステージが展開されました。これは当時の人気マンガ「TO-Y」でもネタにされました。

 

 


 

●最初で最後のBOØWYとの共演

 

8.4、いま都庁が建つ旧浄水場跡地、新宿都有3号地で開催された「WATER ROCK FESTIVAL」

BOØWY、44マグナム、山下久美子、大沢誉志幸との共演で、NHK地上波で放送されました。この日の吉川晃司さんはBOØWYメンバーを従えて自曲を歌い、氷室京介さんとツインボーカルも披露(アルバム「JUST A HERO」の再現)。最初で最後の競演となります。山下久美子さんの「こっちをお向きよソフィア」(大沢さん作曲)ではサイドギターも担当しました。吉川さんはこの日も自らバケツで水を被り「これでオマエらと一緒だぜ!」と叫んでました(笑)

 

▼吉川晃司&BOØWY「1994 LABEL OF COMPLEX」

 

>BOØWY 4thアルバム「JUST A HERO」詳しくはコチラ

 


 

9thシングル「すべてはこの夜に」1986.9.30 4位
作詞:佐野元春/作曲:佐野元春/編曲:西平彰

 

ビートロックに傾倒していたこのタイミングでリリースしたシングルは意表を突くミディアムナンバー。もともとは佐野元春さんが沢田研二さんに書き下ろした楽曲で、吉川さんはデビュー前にボーカルトレーニングで唄っていたのだとか。1stアルバムに収録が予定されたものの佐野さんが「沢田研二さんが唄ってないのに」と難色を示し断念。その後沢田研二さんがアルバム「NON POLICY」(1984年)でリリースしたため、使用が許可されました。ジュリー版と聴き比べると、それぞれ違った良さがあります。

 


 

●「Merry X’mas Show」

 

12.24、日本テレビ系列で今や伝説のTVプログラム『メリー・クリスマス・ショー』 (Merry X’mas Show) が放送されました。吉川晃司さんはこの企画の「言い出しっぺのクセになにもしない」(by桑田佳祐さん)。

 

ロッケストラ(KUWATA BAND、アン ルイス、吉川晃司、BOØWY、高見沢俊彦、鮎川誠 、DEKAPAN(依田稔)、SUE CREAM SUE)として「Telegram Sam (T-REX)」、「Let’s Spend the Night Together(Rolling Stones)」、BEACH FIVE(泉谷しげる、吉川晃司、桑田佳祐、高見沢俊彦、中村雅俊+松田弘、琢磨仁)として「長崎は今日も雨だった~ Dedicate to BEACH BOYS(内山田洋とクール・ファイブ、ビーチボーイズ)」、さらに BOØWYとのコラボで「Help!(The Beatles)」をパフォーマンスしました。

>この番組について詳しくはコチラ

 


 

●桑田佳祐さん

 

言わずと知れたサザンのボーカル、桑田佳祐さんはこの時期、KUWATA BAND」としてより洋楽ロック色の強いバンドサウンドメーキングを行っていました。そんな大先輩・桑田さんからしても吉川晃司さんは気になる存在。当時、前述の屋外ツアーパンフに、こんな一文を寄稿しています。

「キッカワ、てめぇだけは許せねぇ!オザキだのチェッカーズだのはまだ許せるが、キッカワ、てめぇだけは許せねぇ!」

この文章、一見すると意味不明ですが、もちろん、桑田流の愛情表現。”フィジカル”というキーワードを用いると、その意味合いが理解できます。

 

そもそもロックに限らず、ミュージシャンは”文科系”、いまでいう”陰キャ”のジャンルです。見た目が貧相で、ルックスがイマイチでも、名をあげる(女にモテる)手段として音楽の才能を磨き、コンプレックスをバネに活躍するのが、これまでの常識でした。

 

しかしながら吉川晃司、という存在は、バランスの取れた逆三角形の肉体美を誇り、手足も長く少女漫画かモデルの世界から抜け出たようなスタイルで、さらには水球のオリンピック候補になろうかというフィジカルエリート

 

そんな恵まれた”陽キャ”がロックだの言われたら、たまったもんじゃありません。外タレのアーティストと並んでも全く見劣りしないフィジカル、小手先のテクニックとかどうでもよくなる、問答無用の”シルエットのカッコよさ”こそが、吉川晃司さんの最大の魅力。事実、ステージで並ぶと、天下の桑田佳祐さんやカリスマ・忌野清志郎さんや氷室京介さんですら、オトナとコドモ、スケール感でまったく歯が立たず”貧相”に見えてしまうのです。これは後に親友となるヒムロック、布袋氏らも出会った時の印象として「生まれ持ってのスターってこういうヤツなんだ」と、その天性の”華”について語っています。それが桑田さんの言う「オザキだのチェッカーズだのはまだ許せるが、キッカワは許せねぇ」という表現に表れているのだと思うのです。

 

 

>次回はいよいよ最終回。1987-88年に続きます!


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