「COMPLEX」①〜1989 吉川晃司×布袋寅泰 鮮烈なロックユニット始動


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お待たせしました。リクエストにお応えして今回から、1988(昭和63)年に吉川晃司さんと布袋寅泰さんが結成したロックユニット、COMPLEX(コンプレックス)編をお送りします。

結成当初の受け止められ方から快進撃、突然の活動休止、そして東日本大震災をきっかけに行われた奇跡の再結成を、リアタイ世代目線で再検証します!

 

1回目は1988年結成~1989年ファーストツアーまでを振り返ります。

 


 

コチラでご紹介した1984〜87年の吉川晃司さんアイドル期の後半、シングルやアルバムにギタリストとして参加した布袋寅泰さん。

コチラでご紹介した通り、共通の友人であるギタリスト、鈴木賢司さんの紹介が縁での出逢いでした。

 

アイドル、芸能界、歌謡曲フィールドでの立ち位置にデビュー以来不満を持ち、そもそもの思考であるロックミュージシャンとしての活動を切望していた吉川晃司さん(当時24歳)。

 

ライブハウスから日本のミュージックシーンの頂点に到達した超人気バンドBOØWYの解散を決断した布袋寅泰さん(当時26歳)。

 

この時期、2人は兄弟のように仲が良く、毎晩のように共に過ごす“盟友”であり、その経緯を見てきた私からすると、このCOMPLEX結成は必然であり、「やっとかよ」という感覚でした。

 

Photo by ハービー山口さん

 


 

●結成前夜

 

吉川晃司さんはナベプロからの独立(実際は子会社としての独立)時の条件で「1年間の活動休止期間」があり、メディアから姿を消していました。

 

一方の布袋寅泰さんは1987(昭和62)年12月24日渋谷公会堂でBOØWY解散を発表し、翌1988(昭和63)年4月の東京ドーム公演「ラストギグス」を行います。その際、チケット予約で文京区の電話回線がパンクするという社会現象となり、一般層にも認知が広がりました。

 

さらにCOMPLEX結成の2か月前、1988(昭和63)年10月にリリースしたソロ1stアルバム「GUITARHYTHM」が絶賛を浴びます。

「COMPLEXの前に、ソロアルバムを1枚出したい」という布袋さんの意向で藤井丈司さん、ホッピー神山さんとのコラボレーションでギターとデジタルサウンドを融合させた、全編英語詩からなる本作。

 

これが音楽業界から「日本発で世界へ通用する(可能性がある)新時代のロック」と受け止められ、布袋寅泰さんは「BOØWYの」から「日本を代表する」ギタリストへ、一躍評価が高まりました。

 

そしてこのことが、後にさまざまな軋轢を生む事になるのです。

 


 

●「COMPLEX」ネーミングに込められた想い

 

当時、そのまんまストレートに「劣等感」と受け止めた人がほとんどでした。私の周囲でも「なんだか皮肉な名前」とネガティブに捉える人や、「長身で画の強そうなあの2人のどこにコンプレックスがあんだよ」と笑ってる人もいました。

 

当時の日本人の多くは、「COMPLEX」に「融合」「複雑」という意味があるとは知りませんでしたし、今もそうでしょう。

強いて言うなら、吉川晃司さんには「アイドル=ニセモノと見られる(ロックアーティストとして正当に評価されたい)」、布袋寅泰さんには「ソロアルバムでボーカルが酷評された(カリスマ、ヒムロックへのライバル心も)」。

 

そして2人揃って「日本のロックは世界に通用しない」というコンプレックスがありました。

そんなネガティブな「劣等感」を、2人が「融合」したら軽々とブッ飛ばせる、という想いが込められたのでは、と思うのです。

 


 

●TV初登場

 

COMPLEXの「動く姿」を初めて見たのは1988(昭和63)年4月、テレビ朝日で放送されていた「HITS」というテレビ番組でした。

渋谷雄一氏が監修を務め、司会は泉谷しげるさんという、日曜昼間に似合わないロックな音楽番組。時代を感じます。布袋寅泰さんはかつて泉谷さんのバックバンドを務めた縁もあり、3人は「Merry Xmasショー」での競演経験もあります(この放送では別撮りで絡みは一切ありませんでしたが)。

久々のメディア露出となる吉川晃司さんは長髪になり、白いドレスシャツにブラックレザーを見に纏い、ベルバラのオスカルのような雰囲気(笑)2人とも白飛びした画面で、外タレ感がより増幅していました。

 

インタビューと共に初公開されたのが「BE MY BABY」と「プリティドール」のPVでした。

 


 

●2人だけしか出てこないPV「BE MY BABY」のインパクト

 

かの有名な、真っ白なホリゾントスタジオで最初から最後まで、「2人しか出てこない」PV。

なにせ日本ロック界で唯一無二のスタイルを誇る長身の2人。立ってるだけで往年のジャイアント馬場&坂口征二組の「東京タワーズ」(古い)かよ、とツッコミたくなるものすごいインパクトです(ちなみにこの時、まだ東京スカイツリーはありません)。

 

「2人が並び立ち、アクションすればロックになる、余計なものは要らない」メッセージがシンプルに伝わり、アグレッシブ過ぎる2人のアクションは当時を知らない若い世代の間でも大ウケで、いまだにネットの動画サイトでネタ化されています。

 

当時、田舎から上京したてだった私は、渋谷や新宿など街中の至る所のビジョンでこのPVを目にして、「東京というところはこうやって流行が作られるのか」と感じたのを思い出します。

 


 

●「ロッキンオン ジャパン」での所信表明

 

続いて、雑誌「ロッキンオン ジャパン」1988(昭和63)年4月号に、2人のロングインタビューが掲載されました。

インタビュワーは当然、編集長の渋谷陽一さん。

 

私はこの記事でCOMPLEX結成が「ロック村」からどう受け止められているのかを初めて理解しました。

渋谷氏は「布袋&吉川の組み合わせは意外、唐突」だと。2人の交流をずっと見てればまったくそんなことねーだろ、と思いますが、ロック村からするとそうしときたいワケです。「なんで布袋ともあろうものが、歌謡界的なブランドの吉川晃司と一緒に?」と。ロックって反体制でもっとピュアなものだと思っていた吉川さんからすると、この色メガネ的な固定観念は、「なんだよ、やっと窮屈な芸能界から抜け出て来たのに、ロック村はもっと窮屈じゃん」と感じたんじゃないかと思います。

 

COMPLEXは常に、弁が立つ布袋さんが口下手な吉川さんをフォローするスタンスでした。結成のきっかけは「単純に俺を誘う奴なんて吉川しかいなかったし、逆に俺もやりたい奴なんて吉川しかいなかった」(布袋氏)

 

そして渋谷氏はロック村代表とばかりに新参者である吉川さんを攻撃。「歌詞が歌謡曲っぽい」「意味わかんない英語に逃げてる」忌野清志郎なんかを例に出してネチネチと。「もっと勉強しろよ」とか。

 

その上で表紙タイトルは「なんと言われようと、俺がギターを弾けばロックなんだ」となってるわけです。

 

今回、このブログを書くにあたって改めて読み返したらこの雑誌ではなかったのですがこの時期、一番ひっかかった発言が布袋さんの「オレと吉川っちゅうと企画モノっぽく受け止められてるけど、パーマネントにやるつもりだからさぁ」です。これは当時、あちこちで発言してました。

 

私は当然、これから2人は「本籍COMPLEX」でずっとやっていくのだとばかり思い込んでました。少なくとも活動休止してこれまでのキャリアをリセットした吉川晃司さん側から見ると、そう見えていたのです。

 

しかし、布袋さんがわざわざそう言うということは世間的には(布袋さんの周囲の音楽関係者には)そう受け止められてないのか?と感じました。

 

渋谷氏は「仲良しではじめたバンドは最悪の事態になって解散しがち」と予言めいた発言。結果その通りになるのですが、この時は2人とも笑い飛ばしていました。

 


 

●楽曲としての「BE MY BABY」

 

当時の第一印象。まずイントロの特徴的過ぎる声から、ギターの音色を聴いただけでソレとわかる、モロ布袋サウンド。テイストがビートロックではなくブギーでグラムロック調、さらにタイトルからしてオールディーズにも通じる王道ロックでありつつ、きちんと最新のデジタルテイストなのが「なるほどそう来たか」と感じました。

 

当然、この時点まで、ザ・布袋サウンドに吉川晃司ボーカルが乗った楽曲はありませんでした(吉川楽曲に布袋ギター、ボウイ楽曲に吉川(&氷室)ボーカルはありましたが)。それだけに私は果たしてボウイ調のビートロックなのか、16ビートのヨーロピアンな吉川サウンドなのか、とあれこれ予想してました。

 

そこら辺りの意表を突きつつ、融合するならこれしかないよな、という意味で、そしてこのユニットの“名詞代わり“としての完成度は流石、です。

 

ストレートな歌詞とBメロのロマンティックな旋律、ギターソロとアウトロの盛り上がりも含め、両者の持ち味が存分に活かされた、かつ大衆への分かりやすさ、という点でもこれ以上のインパクトはないファーストシングルでした。

 


 

●1stアルバム「COMPLEX」

 

ジョージ マーティン氏(ビートルズのプロデューサー)が所有するモンセラット島のスタジオで制作されたファーストアルバムは、その名も「COMPLEX」。ジャケットも2人の顔のドアップで、シンプル路線は徹底していました。

ミュージシャンは布袋さんのソロアルバムと同じく、キーボードプログラミング 藤井丈司さん、キーボード ホッピー神山さん、ドラムス 池畑潤二さん

 

基本的に作詞:吉川晃司、作曲(とアレンジ):布袋寅泰という役割分担で、吉川さん作詞作曲が3曲、布袋さんの作詞作曲が1曲となっています。

 

ポップでキャッチーな「陽」とテクニカルでマニアックな「隠」のバランスも絶妙で、コンポーザーとしての布袋さんのセンスが光ります。

 

先行シングル「BE MY BABY」、同名のシングルビデオ、また本アルバムの3作でオリコンチャート1位を記録。「大物同士のユニットは売れない」のジンクスを跳ね飛ばし、商業的にも大成功を収め、堂々の存在感を示しました。

 


 

●1stアルバム「COMPLEX」全曲解説

 

01.PRETTY DOLL
吉川さん作詞作曲。とはいいつつ、デモ段階ではどこがサビなのかわからないDeep Purpleチックなギターリフ曲だったとか。それをデジタル加工した布袋さんのコンポーザー能力が光ります。派手で軽くて明るい、「陽」。

02.CRASH COMPLEXION
わかる人にはわかる、ロバートパーマーをオマージュしたファンクロック。複雑な16ビートのソリッド感とエッジで、私の期待したCOMPLEXはこのテイストでした。洋楽チックなリフものですが、Bメロとギターソロがメロディアスなのが布袋流。「隠」。

03.恋をとめないで
ド派手でキャッチーなパワーポップ。チャイナ調の音階にニューウェーブを感じます。シングルカットされていないにも関わらずドラマ主題歌になり、いまなお高い知名度を誇ります。ヤンキー属性の人にはウケる楽曲ですが、ぶっちやけ私はこの路線はあまり…ただしセールス観点や、なによりLiveでの盛り上がりとしてこの手の楽曲もないとね、とは理解してます。「陽」

04.Can’t Stop The Silence
どマイナーで東欧を思わせる様式美に吉川さんお得意の超低音ボーカルが光る、デヴィッドボウイのベルリン3部作調の楽曲。私はこの手の楽曲が大好物です。「隠」

05.2人のAnother Twilight
ザ・布袋な16ビートのカッティングが光るファンクナンバー。この楽曲も私が待望した2人の融合作です。ロマンティックなメロディ、コーラスワーク、キーボード、ドラマティックなギターソロ、それを支えるリズム隊…聴きどころ満載です。「隠」

06.IMAGINE HEROES
吉川さん作詞作曲。デジタルを融合させるCOMPLEXだとビートロックはこうなります、という楽曲。タイトルは「イマジン」と「ワーキングクラスヒーロー」のレノンなのか、それともまんまボウイの「ヒーローズ」なのか(笑)友人のギタリスト曰く、この楽曲のリフとソロは「弾きたくなる」そうで、プレイヤーウケする楽曲。「隠」

07.CLOCKWORK RUNNERS
シングル「BE MY BABY」のカップリング。布袋さん作詞作曲のデジタルサイバーパンク。当時の布袋さんの嗜好が爆発していてファンの間でも人気がありました。「隠」

08.BE MY BABY
解説は前述の通りですが、アルバムは少しアレンジが異なり、ややまろやかなテイストに(私はシングルアレンジが好き)「陽」

09.路地裏のVENUS
吉川テイストの強い、ヨーロピアンなリフ曲。アルバムならではの佳曲で、マニアックな私はこの手の楽曲が好きですが一般的には印象薄いでしょうね。「隠」

10.RAMBLING MAN
この曲も「恋を止めないで」同様陽キャラウケする曲。「やりたいようにやれよ」を気に入ってずっと口ずさむ陽キャラの友人がいました(笑)歌詞の世界観は熱血な吉川流で、ヤンキーローズのような掛け合いから始まるLiveでの盛り上がりは凄まじいものがありました。「陽」

11.そんな君はほしくない
この曲もアルバムならではの佳曲。セクシャルな歌詞の裏で何度もテンポが変わる複雑な構成はアヴァンギャルドでヨーロピアン。「JUST A HERO」期にもやっていた布袋さんのニューウェーブ嗜好が感じられます。「隠」

12.CRY FOR LOVE
吉川さん作詞作曲。これもわかる人にはわかる、ボウイがイギーポップに提供した「isolation」のオマージュ楽曲ですね。雄大なスケール感は吉川さんならでは。「隠」

 

 

*「陽」「陰」はメジャー・マイナーという意味ではなく、「陽」はキャッチーでポップ、「陰」はテクニカルでマニアック、という意味合いです。

 


 

● COMPLEX TOUR’89

 

そして5月10日の群馬を皮切りに、9月末まで全国35都市、全42公演のファーストツアーが行われました。

(このツアーは8月のインクスティック芝浦公演の模様が、後に映像化されました。全編モノクロです)

ツアーメンバーは、ベース 小池ヒロミチさん、ドラムス 池端潤二さん、キーボード 小森茂生さん。中でも池端さんのドラムはド迫力でした。

 

私は東京初登場となる5月15日の日本武道館に行きました。

 

男女比はほぼ半分、男性はほぼ布袋ファン、女性はほぼ吉川ファンで、「コージー」という黄色い歓声と「ホテイー」という雄叫びが交錯。この時点では、まだファン層は融合されておらず、なんとなく双方のファンの様子見の感じが、なんとも面白かったです。

 

オープニングSE「ワレキューレの騎行」からの「PRETTY DOLL」で場内は大爆発。

さらにこのツアー、ファーストアルバムの楽曲だけでは足りないので、双方の何の楽曲を演るのか注目でした。

 

吉川さん楽曲から
・LA VIE EN ROSE
・サイケデリックHIP
・No No サーキュレーション
・A-LA-BA・LA-M-BA

 

布袋さん楽曲からは
・C’MON EVERYBODY
・GLORIOUS DAYS
・DANCING WITH THE MOONLIGHT

がそれぞれ演奏されました。

 

ぶっちゃけ…吉川さんの歌うギタリズムはご本人より良かったですが、布袋アレンジの吉川楽曲は正直、いまひとつ。

吉川さんのアルバムにギタリストとして参加する布袋さんはバツグンなのに、主体でアレンジしたらあれれ、こうなるのか、と。デジタルを多用するのはどちらも同じなのですが、シンセの音色を無理してギターに変えただけ、の感じがして、元の吉川楽曲のクオリティを超えられませんでした。

 

そしてこれは私がユニット「COMPLEX」全体にも感じたことでもありました。

 

アルバムのクオリティ、楽曲はどれも素晴らしくて大好きなのですが、2人の持ち味がすべて発揮されてるか、というと「まだこんなもんじゃないでしょ」というか。

 

満を持した再スタートには商業的成功が必要なのでこの路線は正解だったのですけれど、私はもっとマニアックな、それこそ「JUST A HERO」や「Modern Time」的な世界観を期待してしまっていたので、少し大衆にわかりやす過ぎないかな…とか、そんな不満がありました。

 

2年目、1990年に続きます。


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One Comment

  1. もっち

    COMPLEX編お待ちしてました!
    前回、リベンジ・復讐の歴史だと言ってらしたのがずっと気になっていたので笑

    結成当初、歌詞が歌謡曲っぽいとか、勉強しろとか言われたのにはちょっとびっくりしました。
    初めてBE MY BABYのPVを見たとき、「吉川さんってめちゃくちゃロックじゃん!」と思ったので!隣の布袋さんより目立ってましたし笑
    89年のモノクロツアーもロックってこんなのなんだ、と衝撃を受けました。今のバンドよりも30年も昔のユニットの方がロックじゃん!とも思いました。

    また、全曲解説も興味深く読ませて頂きました。
    modern time的な世界観のCOMPLEXも気になりますね。

    長文で失礼しました。
    90年も楽しみにしてます〜

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