なぜ 猪木 新日プロ では暴動が起こったのか?〜観客心理の変化

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前回は昭和の新日本プロレスで起こった「暴動」事件について、振り返りました。

観客の主張、怒りは「ふざけるな!ちゃんと試合をやれ!(決着をつけろ!)」からの「金返せ!」に尽きます。

 

しかし、その怒りの矛先は時代と共に変化しています。 それは一言でいえば、アントニオ猪木のカリスマ性、求心力の低下といえます。

 


 

○1968年の「板橋事件」は、そもそもロクに説明もせずいきなり興行を中止したというシンプルな発端でした。当時チケットの払い戻しなどのシステムも不明瞭なのでしょうし、何よりまだまだ社会全体が焼き討ちなど、不安定な時代でした。

 

 

○1982年の「広島」では「TV生中継に合わせてなぜか試合が終わる」というプロレスの仕組みに気づいていた観客が「俺らは金払って来てるんだ、TV優先とは何事だ、猪木とアンドレの試合を真面目にやれ!」という、地方ファンの怒りです。

 

 

○1984年の「第2回IWGP」では、長州の不透明な介入による不完全決着になり、長州とレフェリー、そしてその裁定を放置した新日プロ フロント(坂口社長)が怒りの標的となりました。

 

そして、その裏で「こんなんじゃ勝ったことにならん、延長しろ!」と言うに違いない、と思われていた猪木が勝ちを受け入れ、さらにしれっとIWGPベルトを腰に巻いた事で、猪木本人にも怒りと失望が広がりました。この当時のIWGPは、単なるチャンピオンベルト、タイトルマッチではなく「世界統一の野望」と言われた猪木自身のライフワーク、年に1度のビッグイベントでした。第1回で誰もが疑わない優勝を逃し、1年越しのリベンジマッチにも関わらず、こんな適当な終わり方はあり得ず、猪木本人はそれでいいのかよ、というのがファンの心理でした。

 

後に冷静に考えてみれば、長州はあの試合に介入しても何の得もなく、当時、そんな指示ができるのはアントニオ猪木ぐらいしかいないのですが、この当時はまだ「猪木がそんな事をするハズがない」という見方が一般的でした。

 

では何故猪木はこんな筋書きを考えたのか、といえば、ホーガンにすんなり勝つのは政治的にもはや難しい、しかし自分としても2年連続で負ける訳にはいかない→だったら乱入して不透明決着だな→長州にやらせてそっからまた新たなストーリーに繋げればいいか・・・的な思考プロセスだろう、と想像します。プロレスには乱入や不透明決着によるストーリー作りは欠かせない要素です。

 

しかしなぜ長州が介入するのか、はまったくもって理解不能な配役でした。長州はこのリーグ戦に参加もしておらず、猪木は置いておいたとしてもホーガンとはまともな因縁もありません。ではなぜか、というと「ほかに適当なのがいない」くらいの感じがします。いうてもビッグマッチをぶち壊すワケなので、長州ならインパクトがあるし、人気もあるのでいいんじゃないか、というくらいのもんでしょう。

 

実は長州はこの大会前にガチで新日プロ離脱、アメリカマットでのフリー転向を猪木に相談していたと言われますので、今後の身の振り方で悪いようにはしないから言うこときけよ、的な雰囲気だったのかな、と思います。

 

そして、実際に長州が介入してどうなるか、は、猪木本人も「後は野となれ山となれ」という感覚だったのでしょう。

事実、これより以前は、どんなグタグダな展開になろうが、猪木が最後に「ダー!」っとやれば観客はスーッと納得してしまう程、猪木のカリスマ性による観客コントロール力はものすごいものがありました

 

しかし、ただでさえリング外で猪木のカリスマ性に翳りが見えてきたこの時期に、肝心の試合内容でもホーガンに押されっぱなしで、なにより、よりによってIWGP優勝戦が2年連続でグダグダに終わった事への観客の失望と反発は凄まじく、ここまでの暴動騒ぎになることは猪木としても想定外だったのだろうと思います。

 

もう一つ、かつての右腕で「過激な仕掛け人」と呼ばれた新間寿氏がクーデターにより退社していた事も影響大でした。新間氏はWWFの会長も務め、先代のビンス・シニアとは昵懇でしたので、新間氏がいたらまた状況は変わっていた事でしょう。

 

○1987年の大阪城、海賊男暴動は、完全に猪木への失望と怒りから起きたものです。

 

この「海賊男(当初は海賊亡霊とも)」というキャラクター、ギミックは後々、猪木の発案で、なんとアメリカに現れた初代は猪木自身だった、とされていますが、この当時はさすがにそこまでは分かりません。

しかし、当初からファン置いてけぼりの、完全にスベった企画でした。「正体不明の謎の海賊男」という設定時代古くさく、なによりその目的やターゲットなどの設定が曖昧で、思いつきとしか思えない出来でした。なので当時からほとんどのファンは「どうでもいい」「なにバカなことやってんの」としか思っていませんでした。

 

この大阪城暴動の原因となった海賊男の正体はブラックキャット(メキシコから留学して長く中堅として活躍した選手)で、マサ斎藤と自分を手錠で繋いでしまったのは単なるミス(!)と後に暴露されています。

本来は猪木とマサを手錠で繋ぎ、さらにはロープを外してノーロープ手錠デスマッチになる、というアングルだったのだ、というのは、この次シリーズ最終戦、両国国技館での猪木vsマサの再戦で、まんま再現された事で明らかとなりました(この時は手錠を渡したのはセコンドの馳浩)。

 

ともあれ、この当時はUWFの台頭もありファンは猪木、新日プロに「ストロングスタイルの復活」を期待していたのですが、それをまるきり逆撫でする子供騙しの粗いギミック、そしてなにより肝心の試合が台無しになる展開にファンはウンザリ、「いい加減にしろ猪木!」というのが、この暴動の根本です。

 

ちなみに…この大会がPart.2とありますが、Part.1は1986年、前田vsニールセン、猪木vsスピンクスの2大格闘技戦が行われた、あの大会なのでした。Part.1は前田においしいところを持っていかれ、Part.2は海賊で暴動…デビュー25周年記念興行にも関わらず、この「INOKI 闘魂 LIVE」は猪木にとって散々な内容でした。

 

 

○1897年末のTPG暴動は、ビートたけし率いるプロレス軍団との抗争、というストーリー自体が大ハズレでした。当時のプロレスファンは「タレント起用とかそういう余計なことをするな」という排斥思想が大勢を占めていたのです。

 

この1987年当時の新日プロはファンが期待したUWF、ジャパンプロレスとの抗争を棚上げして始めた世代闘争もスカし、さらにはこの大会直前の11月、後楽園ホールで前田が長州の顔面を蹴った事で、処分を巡り大揉めに。伝説のズンドコリニューアル「ギブアップまで待てない!ワールドプロレスリング」(1987年4月〜)もあり、ファンのフラストレーションは相当のものでした。

 

「強さを追い求めるストロングスタイル」という猪木、新日プロの魅力は揺らぎ、どんどんファンの要望と離れ、余計なことばかりして迷走を続けていた中で、新日復帰以来初、さらには顔面蹴撃事件以来の復帰戦となる長州と猪木の一騎打ちに対してのファンの期待は小さくありませんでした。

 

そこへ、たけし軍団の横槍のテイで度重なるカード変更、これは明らかに猪木が書いた絵図にしか見えず、挙句に長州戦もベイダー戦も短時間のグダグダマッチ、となれば観客が怒るのもムリはありません。

 

舞台裏では当初、藤波がベイダーと当たるハズだったのを断った、という話もありますが、日本初登場のベイダー戦では興行的に不安で、猪木vs長州で集めておいて、土壇場で変更してもなんとかなる、という目算だったのでしょうか。

 

全盛期はあれだけ相手選手や観衆の心理を手玉に取り、圧倒的なストーリー、試合と興行という「作品」を創り上げるプロレスの天才、アントニオ猪木でしたが、とにかく80年代後半は体力の衰えと共に、ファン心理を読み違え、ニーズに応えずに試合そっちのけでハプニング、サプライズばかりでなんとかしよう、とした挙句に大ハズレ、という展開が増えていました。

 

逆にいえばこんな逆風の中、日本マットデビューしたベイダーが、後々あれほど大活躍するのは、やはりベイダー本人の努力とスキルがスゴイのだ、と言えますね。

 

そして、この猪木と新日プロの迷走が、解雇された前田と新生UWFの一大ブームにつながっていくのです。

 


 

ここまで、新日マットの暴動の歴史とファン心理を振り返って来ました。

 

アントニオ猪木の「観客を驚かせ続ける」という思考は選手としての気力体力、名勝負が伴う若い時代はライバルのジャイアント馬場の保守性と相対して、その「過激なプロレス」が最大の魅力でもあり、そこを含めて新日プロ、猪木ファンは「信者」とも呼ばれる狂信的、熱心な「過激な」ファンを獲得していったのです。

 

しかし、年齢と共に肝心の試合が疎かになり、小手先のギミックやハプニング頼り、そして新間寿氏という名参謀が不在となってからは単なる思いつき、やりっぱなしの暴走となってしまいました。

 

長い目で見てしまえば、事件や騒動、さらには暴動まで巻き起こす猪木 新日プロの歴史は面白過ぎるワケですし、こういったズンドコぶりも含めて、何が起こるかわからない、一寸先はハプニング、そしてそれに対して真剣に本気で怒る狂信的な観客、というところも含めて、「過激な猪木 新日プロの魅力」と言えるワケなのです。

 

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