「外国人プロレスラーのギャラ事情」〜80年代日本マットは黄金マーケット

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WWEがワールドワイドの「オンリーワン プロレス メジャー」になった現在では信じられませんが、70〜80年代の日本マットは、世界中のレスラーが憧れる「黄金マーケット」でした。今回はそんな80年代のガイジンレスラーたちのギャランティ事情について、ご紹介します。

 


 

●日本マットが「黄金マーケット」だった時代

 

1970〜80年代、「プロレス」がもはやブルーカラー、低所得層の娯楽に過ぎなくなっていたアメリカや、歴史こそ古いもののスーパースター不在でマイナー化してきていたヨーロッパに比べ、日本ではプロレスラーが憧れの対象として観客からリスペクトされ、ホワイトカラーからチルドレンまで、マフィアからインテリまで、熱狂的なファンが真剣に試合(勝負)を楽しみ、メジャー放送局によるテレビ プログラムがプライム タイムに3つもレギュラー放送されていました。

 

さらにはニュース ペーパーやウィークリーのレスリング マガジンが駅の売店から本屋まで、至る所で売られていて多くのビジネスマンが電車や街中で読んでいる…

 

そんな国は、世界中どこを探しても日本しかありませんでした。(”ルチャリブレ”が国技とも言えるメキシコもプロレスは盛んですが、国自体が貧しかったのです)

 

その反面、日本マットはレスリング、試合の「質」にもうるさいマーケットとしても知られていました。

そのため、そこでプロモーターであるジャイアント馬場、アントニオ猪木(と国際プロの吉原功氏)のメガネに適い、ファンから支持を集めれば、そのレスラーは超一流、という事になります。

いつしか、世界のプロレス界では「日本帰りは出世する」という言葉も生まれました。

 


 

●人気レスラー ギャラ事情

 

そしてもう一つ、日本が外国人レスラーにとって「黄金マーケット」だった理由はシンプルに、その「ギャランティの高さ」にありました。

 

いわゆる「ガイジン」レスラーのギャランティは秘密で、レスラー同士も「ギャランティは公言しない」のがルール。互いのギャランティは知らないのが普通でした。

ヘタにアイツの方が高い、安い、と明らかになるとヤキモチ焼きで嫉妬深いレスラー達は、なにをしでかすかわかりませんから、当然の掟である気がします。

 

それでも当時のプロレス マスコミで、時折、ウワサ話程度にギャランティについて書かれたことがありました。大概は、団体を移籍する「ジャンプ」のタイミングです。

 


 

●稼ぎ頭はスタン ハンセン?

 

おそらく、日本マットでいちばん稼いだのはスタン ハンセンではないかと思います。新日マットで外国人トップレスラーとなり、そのまま全日マットへ「ジャンプ」して、興行人気も高く、さらには活躍した期間も長く、全日移籍後はジャイアント馬場の信頼も厚いエース ガイジンであり続けました。

そのハンセンの当時のギャランティは「週1万ドル」と言われます。80年代中盤のレートはおよそ225円くらいですので、4週間×6シリーズで年俸5,400万円くらい、となります(ハンセンや同時期に移籍したタイガー ジェット シンは、試合が組まれなくても年間のギャランティは保証される特別契約だった、とも言われます)。

相棒のブルーザー ブロディは移籍して来たハンセンより安く週8,000ドル、年俸4,200万円くらい。ブロディも新日に「ジャンプ」した後に全日復帰してからはハンセンと同額になった、とウワサされましたので、これが当時のトップクラスのギャランティではないかと思います。


 

●レイス、フレアー、ウォーリアーズ、キッドは?

 

レギュラー参戦しないスポット参戦組の週あたりのギャランティでは、やはり時の「NWA世界ヘビー級チャンピオン」ハーリー レイスやリック フレアーあたりがトップクラスなのは間違いないと思います。

この2人のギャランティは明らかになっていませんが、80年代後半、爆発的な人気を誇った「暴走戦士」ホーク&アニマルのロードウォーリアーズは情報がありました。

その額、週5,000ドル。同じく225円レートだと、2週間のシリーズ参戦で225万円、という事になります(これはユニットとしてのギャラなのか、1人あたりなのか不明です)。ウォリアーズは「瞬殺ファイト」で1試合3〜5分程度の暴走ファイトがウリでしたから、分あたりでいえばもっとも効率的な稼ぎのガイジンだったでしょうね。

 

もう1組、アメリカマットの政争絡みで新日マットから全日へ「ジャンプ」した「ブリティッシュ ブルドッグス」ことダイナマイト キッドとデイビーボーイ スミスの従兄弟コンビも、当時のギャランティが明らかになっています。

キッドの自伝「ピュア ダイナマイト」によれば、契約金1人あたり2万ドル(当時のレートで約450万円)、ギャラは新日プロより1,000ドル上乗せの週6,200ドル。当時のレートだと約140万円、2週間のシリーズ参加だと280万円、となります。

 

ですので、当時のスポット参戦組のスターガイジンは、だいたい週に200万円くらい、1試合あたり20万円くらいが相場だったのではないかと推測できます。

 


 

●スター選手はアゴアシ付き

 

あれだけカラダを張って、怪我がつきもののプロレスラー としてはそんなに高くないじゃん、とも思いますが…

スターレスラーたちはこれ以外に、ファーストクラスの航空券と、ホテルの滞在費用も団体持ちだったようですし、国内サーキットの移動は専用のバス、鉄道はグリーン車ですし、タニマチやマスコミからの接待食事も多く、言ってみればアゴアシ付き。

移動や滞在費が自分持ちのアメリカほか海外マットに比べれば、かなり高給でオイシイ稼ぎ場所、なのは間違いないでしょうね。

 


 

●現在のスター選手の稼ぎは?

 

ちなみに、いまどきのスターレスラーの稼ぎはどうなのでしょうか。

世界最大のプロレス団体、WWEのスーパースター達の年俸ランキング資料があります(2016年版)

それによると…

1位 :ジョン シナ 1,000万ドル(約10億6000万円)
2位 :ブロック レスナー 650万ドル(約6億9000万円)
3位 :ロマン レインズ 430万ドル(約4億5000万円)
4位 :AJ スタイルズ 350万ドル(約3億7000万円)
5位 :トリプルH 320万ドル(約3億4000万円)
6位 :ランディ オートン 290万ドル(約3億1000万円)
7位 :セス ロリンズ 270万ドル(約2億8000万円)
8位 :アンダーテイカー 250万ドル(約2億6000万円)
9位 :ディーン アンブローズ 220万ドル(約2億3000万円)
10位:ケビン オーエンズ 200万ドル(約2億1000万円)

いやはや…ケタ違いです。

 

しかし、上には上がいます。
それはいまやハリウッド スターとなった、ドゥエイン ジョンソン。

かつてのWWEスーパースター、ザ ロック様です。

彼は米経済誌フォーブス2016年度版の「世界で最も稼ぐ俳優」部門の1位を獲得。この年の収入は6450万ドル。2017年度版は2位でしたが収入は6500万ドル!1ドル=100円としても65億円です。ろくじゅうごおくて…。

また、SNSおよびYouTubeのフォロワー数は合計1億7500万超で、ハリウッド レポーター誌の「ソーシャル・メディアで影響力のある俳優ランキング」で9週連続1位に輝く、大統領選にも引っ張りだされる程のスーパースターです。

 


 

今回は「ガイジン」レスラーのギャランティについてご紹介しました。

日本人レスラーの稼ぎはさらにタブーでウワサ話程度ですが、90年代、ドーム興行連発で最も経営的に景気が良かった90年代の新日プロ、闘魂三銃士でも1億円プレーヤーはいなかった、と言われています。

長州力も最近のTV出演で「全盛期で最も稼いだ時の年俸は9,000万円」と話しています。

2016年、新日プロで「エースのオカダカズチカを2億円プレーヤーに」というプロモーションがありましたが…結局どうなったのでしょうか(笑)

 

80年代の新日プロブームの時、アントニオ猪木がいまでは懐かしの「長者番付」でスポーツ選手部門で青木功、原辰徳、王貞治らを抑えて1位になった事がありました(1983年)納税額が8,268万円です。

 

今や世界のシンスケ ナカムーラ、中邑真輔選手のギャランティはまだ明らかになっていませんが、今の活躍を考えると、アントニオ猪木以来の日本人1億円プレーヤー、なのかもしれませんね。

コメント

  1. wakataka より:

    いつも楽しく拝見しております。
    全日本プロレスでは外国人レスラーの待遇と引き換えに
    日本人レスラーが薄給だったと言われてますね。

    • MIYA TERU より:

      コメント、ありがとうございます!四天王と三銃士時代でも、三銃士の方が待遇よかったようですよね。

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