「昭和のプロレス雑誌(紙)」~週プロ、ゴング、ファイト、ビッグレスラー・・・

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いまやインターネット、SNS全盛でプロレス週刊誌は「週刊プロレス」1誌のみ。プロレスがスポーツ新聞で扱われることも、めっきり少なくなりました。

 

そんな今では信じられませんが、「昭和のプロレスブーム」最盛期には、週刊誌(紙)が5つ(!)、それに加えて月刊誌や別冊なども、ズラリと書店や駅の売店に並んでいました。当時は新日本プロレスと前日本プロレスの2団体時代(後にUWF、SWSを経てインディ乱立時代へ)であることを考えると、驚くほどの出版ラッシュです。

 

やがてバブル経済の崩壊と共に出版社にも不況の波が押し寄せ、プロレス団体が数えられないほど増えたのに反比例して売り上げも激減、軒並み休刊・廃刊となりました。

 

今回はそんな昭和のプロレス雑誌(紙)について、とりあげます。

 

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「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社)

 

日本のプロレス専門雑誌の中で一番の老舗かつ、現在発売されている日本唯一のプロレス専門週刊誌です。

 

1955(昭和30)年8月に「ベースボールマガジン」の増刊号として「増刊プロレス」発刊。
同年11月に月刊誌「(月刊)プロレス」として創刊。

 

その後、ボクシング専門誌「ボクシング・マガジン」を吸収、「(月刊)プロレス&ボクシング」に改題。

 

1972(昭和47)年8月号よりボクシングを再び分離、「月刊プロレス」に再改題し、1983(昭和58)年8月号まで発行されました。

 

■週刊誌化

1983(昭和58)年7月28日発売の8月9日号から週刊化され「週刊プロレス」(愛称は週プロ)に改題。創刊号の表紙は「初代タイガーマスク」です。

■特色

週刊誌としての発刊当時は「現状打破のオピニオンリーダー」を掲げ、「スキャンダラスなスクープを連発する週刊誌」として独自路線を開始。

 

2代目編集長のターザン山本こと山本隆司氏時代に爆発的に売上を延ばし、公称60万部と言われていました。第2次UWF時代は大会ごとに増刊号が出され、地方に観戦に行く「密航」ブームと共に爆発的に売れます。その後も90年代のドーム興行などのたびに増刊号が発売されました。

その後、独善的で偏向した編集姿勢に批判が集まり、SWS、UWFインターナショナル、新日本プロレスなどから相次いで取材拒否を受ける事態に。責任を取る形で山本氏は1996(平成8)年6月に編集長を退任し、以降はクラスマガジン(業界誌)として、現在に至るまで発行を続けています。

 

「週刊ゴング」(日本スポーツ出版社)

 

前進の「月刊ゴング」は1968(昭和43)年3月創刊。初代編集長・総責任者はライバル誌「プロレス&ボクシング」の編集長をしていた竹内宏介氏です。

 

「月刊ゴング」はプロレスをはじめボクシングやキックボクシングを取り上げる格闘技専門誌でしたが、翌1969(昭和44)年12月にプロレス専門誌「別冊ゴング」が誕生。1984(昭和59)年4月発売の5月号まで発行されました。

 

ちなみに本体の「月刊ゴング」も1982(昭和57)年にはボクシングなど他の競技を独立誌化してプロレス専門誌となり「同じ出版社のプロレス月刊誌が2冊ある」というややこしい事態に。その後、1986(昭和61)年から「ゴング格闘技」として、プロレス専門誌から格闘技専門誌へとリニューアルしました。

 

■週刊誌化

「別冊ゴング」は1984(昭和59)年5月10日発売の5月24日号から「週刊ゴング」として創刊。週プロから約10カ月遅れの週刊誌化。創刊号の表紙は「ジャイアント馬場とアントニオ猪木」でした。

その後、2007(平成19)年3月14日発売の1168号(3月28日号)を最後に、「一時休刊」となりました。

 

■特色

創刊当時は「ゴングのマスカラスか、マスカラスのゴングか」と謳ったほどミル・マスカラスをプッシュ。竹内宏介氏が日本テレビ「全日本プロレス中継」の解説を務め、主力ライターの菊池孝氏が当時、ジャイアント馬場のブレーンだったこともあり、どちらかといえば全日本プロレス寄りでしたかね。

 

その後、1994年からの小佐野景浩編集長時代に週プロがSWSと対立。ゴングはSWSおよび派生団体のWARをプッシュして一時期は売り上げでリードしたこともあるのだとか。1999年からの”GK”こと金沢克彦編集長時代は、長州力の関連記事が大きく扱われていました。

 

「週刊ファイト」(新大阪新聞社)

 

かつて新大阪新聞社が発行していた、週刊のプロレス専門紙。創刊は1967(昭和43)年。月2回、月3回と徐々に発刊期間を縮め、1969(昭和44)年10月2日発売の第94号から週刊化しました。雑誌ではなく新聞状のタブロイド紙で、駅の新聞スタンドで販売されておりファンも多かったのですが、2006(平成18)年9月27日発売の1990号で休刊。

なんといっても初代編集長“I編集長”こと井上義啓の個性が色濃く反映されたアントニオ猪木(新日本プロレス)を中心に据えた紙面づくりが有名。他誌(紙)と異なるシュート&スキャンダラスなプロレスならではのブックやアングルを暗示する記事を掲載し、井上氏編集長は「活字プロレス」の始祖と言われます。ターザン山本(元週刊プロレス編集長)、GKこと金沢克彦(元週刊ゴング編集長)らも同紙のOBです。

 

「月刊ビッグレスラー」→「週刊ビッグレスラー」(立風書房)

 

1984(昭和59)年9月に週刊誌化。こちらも、もとは月刊誌(1982/昭和57年創刊)でした。Webにも情報がほとんどないのですが、3年ほどで休刊になったのではないかと…。同社は学習研究社の子会社として創業された経緯から児童書や自動車・バイク誌などを刊行していましたが2004年に解散し、学研に吸収合併されたそうです。

 

 

「エキサイティング・プロレス」(日本スポーツ企画出版社)

 

こちらはさらに情報がないのですが、発行元はサッカー雑誌を出版する会社?のようですね。創刊号は買った記憶があります。定価850円でかなり高めですが、サイズがA4版で大きく、カラーページも多い写真集みたいな雑誌でした。

 

その後、1983(昭和58)年11月に「別冊エキサイティングプロレス」も創刊。しかしながら月刊から週刊に移行していた時代の流れに埋もれ、いつのまにか廃刊になりました。

 

「ザ・プロレス」(東京スポーツ)

 

こちらも駅売りのタブロイド紙型の雑誌で、誌面は豪華なカラー印刷でした。発行はプロレスマスコミの老舗、東京スポーツ新聞社。これまた情報が少ないのですが、1982年頃から発行されていたようで、当初は隔週、1984年から毎週発行になったようです。ファイトもそうですが、タブロイド紙は保管しにくいんですよね。。。

 


いかがでしょうか。もしかしたら、まだほかにもあるかもしれませんので情報お待ちしています。

 

当時、さらに各雑誌の特別号、ムックなども合わせると膨大な量のプロレス雑誌が刊行されていましたし、実は今なお、プロレス関連本の出版は続々と続いているのです。

 

世界中を探してもこんな国は日本ぐらいのもので、来日したガイジンレスラーたちはプロレスマスコミと出版物の多さにビックリしたことでしょうね(ハンセンは日本人の奥さんに翻訳してもらい、ほぼすべてに目を通していたとか)。

 

私は幼少期から「別冊ゴング」を愛読していて、今でも実家にアーカイヴされています。当時のゴングは写真が素晴らしく、名画ポスターを思わせるものだったり、ユニークなトリミングの手法が用いられていました。これは編集人の竹内宏介さんのセンスによるレイアウトだったそうです。

 

また、当時の海外レポートを担当する東スポ桜井康夫さんの創造力溢れる(マスカラスのドロップキック36連発!が有名ですね 笑)文筆にも、知らぬ間に多大な影響を受けたと思います。

 

その後、中学~大学時代はなんといってもターザン率いる週プロを愛読していました。月刊時代はまったく面白くなかった「プロレス」が、週刊誌化してから一気に面白くなったのは、毀誉褒貶ありますが、やはりターザン山本氏の腕によるところが大きかったと思います。

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