「飛龍革命」②~1988.8.8 猪木vs藤波戦 ー昭和新日プロ最終回

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沖縄の控室で始まった「飛龍革命

 

そして1988年8月8日(月)横浜文化体育館「スーパー・マンデー・ナイト・イン・ヨコハマ」と銘打たれた新日プロ興行のメインイベントで、アントニオ猪木vs藤波辰巳の師弟対決が行われました。

猪木はこの試合が最後のタイトルマッチ、最後のフルタイム戦、最後のジャーマンスープレックス。

アントニオ猪木「事実上の」引退試合であり、昭和 猪木 新日プロの最終回と言えます。

 

新日プロのリングでは何度も猪木vs藤波の師弟対決が行われました。ファンの間では、1985年9月19日、東京体育館での対決こそ至高、とする声が多いです。しかし私は、この試合前の煽りVTRからエンディングまでを込みで、この8・8が「好き」なのです。

 


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猪木、負けたら引退?

 

IWGPヘビー級選手権試合、60分1本勝負。「飛龍革命」の結果、この時点ではチャンピオンが藤波で、チャレンジャーが猪木。藤波が猪木のタイトルに挑戦したことはありませんでしたが、これまでとは真逆のシチュエーションとなります。

 

猪木はこの試合に至るIWGP挑戦者決定リーグ初戦で長州力にピンフォール負け(7月22日札幌中島スポーツセンター)。その後、ベイダー相手に激勝(7月29日有明コロシアム)して、首の皮一枚で挑戦権を獲得しました。

 

そして迎えた8月8日のこの試合。「この試合に負けたら猪木引退」

猪木、45歳。本人が明言したわけではありませんが、もはやファンの空気もマスコミも、それが既定事実かのようになっていました。

 

テレ朝は特番を組み、夕方に移行して以来、久々のゴールデンタイム生中継でしたし、フリーとなり降板していた古舘アナが「猪木さんと最後の試合は自分が実況すると約束がある」と1試合のみの復帰

完全に舞台はできあがってしまいました。

 

中継ではメイン前の試合の前後に「アントニオ猪木 激闘の歴史」的なVTRが流れ、日本プロレス入門〜新日プロ旗揚げからの名場面が 水曜スペシャル川口浩 探検隊 でお馴染みの田中信夫氏のナレーションで当時の世相、事件と共に紹介され、BGMは「仁義なき戦い」でした。

 


古館アナ、一夜限りのカムバック

 

遂にメインイベント。古舘アナがヘッドセットを装着し、語り始めます。

「さぁ、画面は闘魂ガウンの猪木の表情を捉えました。口を真一文字に結んで、そして己とその闘争本能に、いま、マッチで火をつけた猪木。ヨシ!という掛け声と共に、弾かれるようにいま、入場の花道を突き進んで参ります。行きはよいよい帰りは怖い。もしかしたらこの栄光の花道は、引き下がるときには敗者として、惨敗模様で帰るかもしれません!」

 

後からチャンピオン藤波も入場。リングで向かい合う両者。猪木が差し出す握手を、藤波が拒否!試合開始のゴングが鳴りました。

「闘いの学び舎に戻って参りました私。思えばかつて十年という歳月、毎週毎週山本さんと共に、この机と椅子に座りまして、目の前に開けるこのリングという教壇に向かっておりました。いささか独り善がりで恐縮でありますが、いま、私は自分を思い出しています。さまざまな遅れて来た条件反射、パブロフの犬の様に、セピアの実像画が色彩を帯びて参ります。それはまさしく猪木の闘い模様であります。いま、私は実況しているかつての自分自身に、自分自身を模倣すると言う快楽に酔いしれているのか!?」

 

プロレスファンの脳裏に、猪木と古舘アナの金曜夜8時の記憶が蘇ります。そんなセンチメンタルな空気を振り払うように、藤波は意表を突くジャイアントスイングを初公開。

「おぉっと、藤波のジャイアントスイング!戦後の敗戦、焼け野原にプロレスの火がひとつポッと灯ったときの、あのオールド時代を思い出す‼︎」

 

思わぬクラシックな技に古舘アナが呼応します。そして藤波は、かつての猪木戦でも見せた因縁の4の字固めへつなぎます。

UWFにおされてピンチに陥った新日プロが、切り札として東京体育館で行った猪木藤波の一騎打ちで、猪木は藤波のかけた4の字固めに対し「折ってみろ!」と激昂。藤波は攻めきれず「非情になれなかった」と悔やんだ技です。

猪木は全体重をかけた藤波のえげつない4の字固めを凌ぐと、両者の思い出を紐解くかのような技の攻防が続きます。

 


20分経過

 

20分経過、猪木は足のダメージにも関わらず、往年を彷彿とさせる見事なブリッジ、人間橋を見せます。そしてダブルブリッジの攻防から、リバーススープレックス、リバースインディアンデスロック、弓矢固めと畳み掛けます。

 

久しぶりに見た、猪木の猪木らしい名勝負。これも今夜限りなのか。

 

「かつての少年達の人気者、アントニオ猪木。歳月は流れました。我々は思えば、全共闘もビートルズも、お兄さんのお下がりでありました。安田講堂もよど号ハイジャックも、あさま山荘も三島由紀夫の切腹もよくわからなかった。ただ金髪の爆撃機、ジョニー・バレンタインとの死闘、あるいは、クリス・マルコフを卍固めで破ってワールドリーグ戦に優勝した、アントニオ猪木の雄姿はよくわかりました‼︎」

 

正直言えば、70年生まれの私ですら、リアルタイムで全盛期の猪木には間に合いませんでした。しかしギリギリ、80年代の猪木には間に合いました。

 

藤波も、いつもの藤波ではありません。「飛龍革命」を象徴する新技、ドラゴンスリーパーで猪木を攻め込みます。

 

「強い者への憧れ。我々と同世代のこの藤波辰巳。もしかしたら学校の砂場でコブラツイストの練習を黙々としている子供の中に、かつての藤波の姿があったのかもしれません。世代交代の波、筋肉をつけて成長した藤波が、かつて憧れていた猪木を今、攻め込んでいます!」

 


猪木の肉体がレクイエム、猪木の攻撃がゴスペルだ、そして戦い模様がバラードだ‼︎

 

試合が進むにつれて、猪木の雄姿を見られるのもこれで最後かもしれない、と館内を興奮と共にセンチメンタルな感情が支配します。

 

「時代によって英雄に祭り上げられた男達の悲劇。悲劇の将軍ハンニバル、ブルータスに暗殺されたジュリアス・シーザー、そしてナポレオン・ボナパルト。ワーテルローで“私の帝国はガラスのように砕け散った”と呟いて、セントヘレナ島に流されたナポレオン。果たしてアントニオ猪木に、今夜、藤波が引導を渡すのか」

 

UWFの源流は新日プロだ、と言わんばかりのアキレス腱固めの応酬、スクランブルのロープワーク、キチンシンク、エビ固め、コブラツイスト…プロレスの教科書、それも歴史書のようなありとあらゆる技が続きます。

 

そして猪木が、ジャーマンスープレックスホールド!猪木のジャーマンなんて、いつ以来でしょう。

 

「猪木の肉体がレクイエム、猪木の攻撃がゴスペルだ、そして戦い模様がバラードだ‼︎」

 

藤波は猪木の張り手にも怯むことなく、前へ前へと攻め込みます。体力的にはやはり、圧倒的に藤波有利なのです。藤波は強烈なワンハンドバックブリーカーから再び、足4の字へ。さすがの猪木も汗を掻き、疲弊の色が隠せません。藤波は尚も好敵手、長州から盗んだサソリ固め。そしてブレーンバスターへ。猪木は蹴りで防ぐと、ダッシュでトップロープへ登り、なんとミサイルキック。

 

「かつてあの鉄の爪、フリッツ・フォン・エリックに、フライング・ニードロップをぶちかまし急降下という言葉を覚えた少年時代を思い出します!」

 

4の字固め、サソリ固めのダメージの直後にこういった芸当ができるのも猪木ならではです。やはり人間ばなれしたスタミナと脚力は健在です。

 

藤波もドロップキック、スモールパッケージホールド。そしてここで猪木は必殺の卍固め!

完璧に極まっています。しかし…藤波は自力でそれを跳ね返します。解説の山本小鉄さん「これがいまの力の差ですよ」

 

「藤波、猪木を愛で殺すか、バックドロップ!父と子の、もつれにもつれた戦い模様、戦いのシルクロードを越えてこの両雄は今、恩讐を越えてぶつかっている!」

 

そして藤波は掟破りの逆卍!

しかし猪木はこれをスルスルと切り返し、突如として張り手の連打からナックルパート、そして紫電一閃、電光石火の延髄斬り!猛烈な勢いで藤波の後頭部を捉えます。

 

猪木のヘッドバット、ブレーンバスター、そしてアルゼンチンバックブリーカー、バックドロップ。藤波はドリルアホールパイルドライバーで返すが猪木は今度はシュミット流バックブリーカー、トップロープからのニードロップ。

持てる技どころか、プロレス技の全てを繰り出しあい、なおも試合は続きます。

 


これが、ストロングスタイルだ

 

そしてここから、猪木はさらに蘇ったかのような素晴らしい動きを見せます。本当に全盛期に戻ったかのような、無尽蔵なスタミナ、藤波もそれに呼応します。

 

最初からフルタイム狙いでスタミナを温存などしていません。8月の灼熱のリング上で、TVのカクテルライトに照らされながら、常にフルパワーで技の攻防を続けながら、燃料の予備タンクでもあるかのような超人ぶり。テクニックと、パワーと、そしてスタミナ。かつての猪木、新日プロファンはこれに心酔していたのだ、これがストロングスタイルなのだ、ということを思い出しました。

夢遊病者のように目まぐるしい攻防を続ける両者。猪木はナックルパート、弓を引く右ストレート。ケンカ殺法で追い込みます。藤波はロープへ飛んでフライングエルボー。Jr.時代のような動きで対抗します。

 


2人の猪木が闘っている!

 

あっという間に、残り試合時間5分。猪木は尚もヨーロッパ式の低空ダブルアームスープレックス。藤波はラリアート、ドラゴンスリーパーで返す。猪木はブレーンバスターからバックドロップ、そして再び卍固め!

 

「時間はこの2人に決着をつけさせないのか‼︎」

 

コブラツイスト、切り返してコブラツイスト。

「2人の猪木が戦っている!」

 

猪木は藤波を引き寄せて、グランドコブラ、フォールの体制へ…ここで試合終了、時間切れ引き分けのゴング。

 

両者は少しだけアタマを上げますが、力尽きたように並んで討ち死に。しかし、上になっているのは猪木でした。ここに猪木の意地を感じました。

 


いかなる饒舌な言葉も、この2人の中には入り込めない

 

生中継は、試合開始からわずか20分で放送終了となってしまいました。ここからは、土曜夕方の通常放送でのみ放送されたシーンです。

 

試合後、猪木はIWGPベルトを手に取ります。しばし眺めた後、

 

それを藤波の腰に巻いてやりました。ここまで、意地で険しい表情を終始崩さなかった藤波が、一気に弟子の顔になり、涙が溢れます。

「IWGP、己の栄光の足跡のベルトを、猪木は藤波の腰に巻く!藤波は初めて、猪木に巻いてもらうことによって、猪木を払拭するのか、こんなシーンは見たことがない!いかなる饒舌な言葉も、この2人の中には入り込めない!」

 

猪木最後になるかもしれない、と史上最高の実況をして共に戦った古舘アナが思わず「言葉は要らない」と敗北を認めたこのシーン。藤波、1970年の日本プロレス入門から実に18年に渡る、師弟関係の大河ドラマです。

 

越中が藤波を、なんと長州が猪木を肩車。

「古舘さん、猪木が泣いています!」

 

見ると猪木もまた、堪えきれず男泣きしていました。


サプライズ、この日だけのエンディングV

 

ここで通常枠の「ワールドプロレスリング」は終了します。そしてここでサプライズ。この日だけの特別なエンディングが用意されていたのです。サザンオールスターズの「旅姿六人衆」に合わせて、新日プロ、猪木の地方巡業のシーンが流れます。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm5022623

 

地方の会場で、目を輝かせて猪木を見つめるちびっ子ファンの姿。フェリーやバスで移動して、控え室でリングジューズに紐を通して、TV中継もない薄暗いリング上で戦う猪木。そう、プロレスは大会場での大試合だけでなく、こうした地方巡業の積み重ねで成り立っているのです。

 

毎日違う顔に出会う
街から街へと

お前が目の前にいるならいい
ステキな今宵を分け合えりゃ
また逢えるまではこの時を
忘れないでいて…

 

最後は、勝ち名乗りをあげる猪木にオーバラップして、大猪木コールの中、ナレーションがかぶさります。

 

闘魂よ永遠なれ

たとえ王座に返り咲けなくても、

いつか燃え尽きる日が来ようとも、

最後まで闘い続ける君の雄姿を時代が、

マットが望んでいる。

また、新しい旅が始まる―

 

 

猪木は引退するのか、しないのか。試合後に「もう悔いはない」とだけ語った猪木でしたが、この時点で去就はハッキリしていませんでした。

 

結果は…

 

猪木は引退せず、この翌年に政治家となり、リングにも上がり続け、本当に引退したのは、これから10年も経過した、1998年4月4日でした。

 

しかしこの8・8横浜文体のこの試合は、特別な意味のある名勝負としてファンの胸に刻まれています。

 

あれから30年。

 

新日プロは毎年、8月8日に横浜文体で興行を開催しています。

 


 

◆その後の「飛龍革命」

 

この試合で名実共に「新日プロのエース」となった藤波は、以後、10月にアメリカ オレゴン州でザ グラップラーからNWAパシフィック・ノースウエスト ヘビー級王座を、12月には後楽園ホールでケリー フォン エリックからWCWA世界ヘビー級王座を奪取。同時期に、IWGPヘビー級のベルトを携えてアメリカなどを転戦、防衛戦を行うなどしますが…

 

そこまでのインパクトは残せませんでした。

 

さらに、翌1989年6月、ビッグバン ベイダーとのシングルマッチで腰を負傷。重度の椎間板ヘルニアで1年3か月間に及ぶ長期欠場を余儀なくされ、藤波の天下は短い期間となってしまいました。

 

以降、新日プロは長州体制のもと、闘魂三銃士エースの時代へ突入していくのです。

 


 

以上、「飛龍革命」を振り返ってみました。

 

こうしてみると、「飛龍革命」は、藤波の天下獲り、というよりは猪木時代を終わらせるターニングポイント、となった出来事、と言えると思います。

 

この8.8猪木戦も、猪木のまさかの60分フルタイムという魔性ぶりが際立ちました。藤波は決して気圧されもせず、もはや実力では凌駕しながら、それでも猪木は藤波にはピンフォールを許さないし、藤波もまた、それはやりませんでした。

 

その辺りがまた、なんとも藤波らしいのですね。

 

次回は、飛龍革命③「プロレスラー 藤波辰巳の“凄さ”とは?」をお送りします!

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