1983夏 新日本プロレス「クーデター事件」~②決起から鎮圧まで

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◆第1部 クーデターを企てたキーパソン達のそれぞれの思惑 に続いて、今回は

◆第2部 クーデター決起から鎮圧まで をまとめます。

*文中、一部敬称略


ここまでの流れを時系列で見ると以下のようになります。

1983年

5月6日 IWGP(第1回)シリーズ開催

6月2日 優勝戦で猪木がKO負け

6月17日 長州、浜口が辞表提出

7月1日 サマーファイトシリーズ開幕
長州、浜口はフリーとして参戦。
猪木は全戦負傷欠場、新間氏もシリーズ帯同せず。

7月12日 藤波がクーデター計画に賛同

7月29日 タイガーマスクがクーデターに合流

 


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◆クーデター計画の揺らぎと足並みの乱れ

 

そもそもの首謀者である山本小鉄氏は、新団体設立のための資金集め、という大役がありましたが、一向に資金が集められないでいました。

 

クーデターの動きを耳にした、当時テレ朝から新日プロに出向していた(大塚)博美、望月両氏は小鉄氏に対し「経営上、問題なのは猪木、坂口、新間なのだから、その3人を新日プロから排除すれば新団体を立ち上げる必要はないだろう」と説得します。(新団体になればテレ朝で放送できない可能性が高く、当然の説得です)

 

●これを了承し、社内クーデターに路線変更した小鉄氏&テレ朝出向幹部派

●「そもそも猪木さんなしの新日プロは無理」と新団体設立を目指す大塚氏、営業、経理派(含 長州)

●そもそも独立プロを設立したいコンチャ(タイガーマスク+営業2名)派

 

と、クーデター派は3つに分裂していましたが、藤波はなんとこの3派それぞれに、後の合流の密約を交わしていました。この無節操ぶりは後に、自身の立場を危ういものに陥れます。

 

そして一気に足並みが乱れ始めたクーデター派、真っ先に動いたのはコンチャ氏とタイガーマスクでした。

 


◆タイガーマスク電撃引退!

 

サマーファイトシリーズ終幕後の8月18日にはロスアンジェルスで新間氏プロデュースによる佐山タイガーマスクの極秘挙式が予定されていました。

この会には猪木、坂口、新間氏はもちろん、なんと極秘でジャイアント馬場夫妻も招かれていたのです。

この頃、表向きは仁義なき興行戦争の真っ最中で、猪木と馬場は口もきかないと思われていた時期なので衝撃的ですが、以前からタイガーマスクの周辺はきな臭い噂が多く、コンチャ氏の全日移籍の動きや、梶原一騎氏が新日から全日に乗り換え模索を察知していた新間氏がクギを刺す意味合いで招待したのでは、と考えると合点がいきます(それ以外にもこの時期の猪木と馬場には連帯する必要がありましたが、それはまた後述)。

 

8月上旬、猪木らはロスに向けて出発します。

 

8月10日

どうしても新間氏主導の極秘挙式に出席したくない佐山タイガーマスクは、猪木不在の隙をついて失踪。さらには契約解除通知を新日プロに送付します。

 

8月12日

最後に小鉄&テレ朝出向幹部派の顔を立てる形で黄金のマスクとチャンピオンベルト返上を、わざわざ東スポ始めプロレスマスコミを呼んで報道させた上で、現役を引退(返上したマスクとベルトを受け取ったのは小鉄氏と望月氏)、クーデター派を離脱します。

一方、このタイガーマスク電撃引退を知ったクーデターの一派、大塚氏率いる営業&経理グループは、山本小鉄氏&テレ朝出向幹部派に対し「何も聞かされていない」と激怒します。

 


◆クーデターカウントダウン!緊迫の舞台裏

 

8月15日

クーデター派が集合し、緊急会議が開催されます。

席上、「あくまでも新団体設立」を主張する大塚氏ら営業&経理グループに対し「猪木、坂口、新間氏を降格させ新日プロ建て直し」を主張する山本小鉄氏、テレ朝出向幹部派で意見が分かれ、物別れに終わります。

 

8月17日

大塚氏らは「会社を良くするために使ってください」と辞表を提出(営業4名分とも経理を含めた6名分ともいわれます)、クーデター計画からの離脱を表明。辞表はテレ朝出向幹部の望月氏が預かる形となりました。大塚氏はこの後、クーデター派と猪木、新間氏らとの仲介役的な動きをとります。

猪木、坂口、新間氏らはこのタイガーの引退を海外で知りますが、帰国するまで断片的な情報しか入らず、身動きがとれずにいました。

 

8月18日

新間氏と坂口はロスアンジェルスの挙式会場ホテルロビーで馬場夫妻にタイガーマスクのドタキャンを謝罪し「全日プロでもタイガーマスクを使わないで欲しい」と懇願。状況のわからない馬場も一旦は了承した、とされます。

 

8月20日

帰国した猪木がテレ朝出向幹部の望月氏、博美氏から事情説明を受けます。詳しくは8月25日の緊急役員会で、と決まりますが席上、営業グループの辞表を手に、猪木は社長辞任を迫られました。

 

8月24日

猪木から「もう全て終わりだ。俺が手をついて頼むから新日本を辞めてくれ」と伝えられた新間氏が帰国。自宅に部下である大塚氏らを呼び出し、事情聴取を試みますが「今は話せません。緊急総会で全てお話します」と繰り返されます。

 

翌日の緊急役員会を控え、クーデター派が2回目の会合。山本小鉄氏、望月氏、博美氏、大塚派氏ら営業4名、経理2名、吉田氏、上井氏、藤波辰巳、長州力、小林邦昭、永源遙、ミスター高橋、柴田勝久、タイガー服部の計18名が「団結証明書」に署名捺印

集会後、大塚氏は新間氏の自宅を訪問「今は何もいえませんが、アントンハイセルをやめてくれれば全てまとまります」と進言。

 

8月25日 朝

朝、大塚氏が猪木に電話を入れます。「社長、アントンハイセルをやめてプロレス一本で17億の借金を返済すると言ってください。そう言ってくださったら私が話をまとめます」


◆運命の役員会 クーデター決行!

 

1983年8月25日午後、青山の新日プロ事務所で緊急役員会議が開催されました。

 

席上、猪木はハイセルについて言及せず、逆に山本小鉄氏が猪木、坂口、新間氏の降格を要求

「受け入れなければ選手全員で明日からのシリーズをボイコットします。受け入れてくれれば藤波の家に行って話をしてきます」

これを見かねた大塚氏が「社長、大丈夫です。今シリーズは問題ありません。一丸となって頑張ると言ってください」と口を挟みますが、猪木はあっさり、自らの社長辞任を表明します。

これを受け、前日に猪木から「何も言わずおとなしくしていてくれ」と連絡を受け欠席していた坂口に、テレ朝出向幹部がその場で電話をかけ「明日から来なくていいです」と通告

この非礼ぶりに激怒した新間氏は途中退席します。

 

結果として、

◆猪木社長辞任、坂口副社長辞任、ヒラ取締役へ降格

◆新間氏はタイガーマスク引退の責任を取る形で3カ月の謹慎処分

◆山本小鉄氏、望月氏、博美氏の代表取締役就任

◆マッチメーク全権は藤波が会長を務める選手会へ移譲

となり、事前に提出されていた社員の辞表は撤回され、8月29日付を持って正式に山本氏とテレ朝出向幹部計3名によるトロイカ新体制が発足

 

クーデターは一旦、成功を収めました。

 

そしてその翌日、8月26日から、大宮スポーツセンター開幕戦を皮切りに次期「ブラディファイトシリーズ」が開催となります。

アントニオ猪木の復帰第1戦は8月28日、vsラッシャー木村戦と決まりました。

 


◆クーデター後、新間氏の反撃

 

総会を途中退席した新間氏は、前田に電話をかけます。前田からの回答は「何ですかそれは。私は全く知りません」

疑問を抱いた新間氏は次々と選手に連絡をとり、このクーデター計画が必ずしも一枚岩でない事を把握します。

総会終了後、六本木のアントンリブ(当時、猪木が経営していたブラジルレストラン)で猪木と落ち合った新間氏は、クーデターの内情を猪木に知らせた上で「もう新日プロとテレ朝には見切りをつけて猪木、坂口、前田、高田らで新団体を作りましょう」と持ちかけます。

しかし猪木からは煮え切らない返答しかなく、その場は物別れに終わりました。

▲いまはなきアントンリブのマッチ。私は当時、福岡店に行ったことがあります。

新間氏の次の一手は「テレ朝の天皇」の異名を持つ、三浦甲子二専務への直談判でした。

政財界にも強い影響力を持つ三浦専務は猪木、新間氏のよき理解者であり、あのアリ戦実現にニューヨーク支局を担保に入れるなどまでして全面協力してくれた関係です。

アリ戦後に大赤字の責任を取る形で、自らの進退伺いをテレ朝に預けていた新間氏は、それを口実に三浦専務へ面会を申し込み、今回のクーデター事件の顛末を報告。自らのクビと引き換えにテレ朝出向役員、望月氏と博美氏2名の処分と、クーデター派の粛正を求めました。

 


◆アントニオ猪木 魔性の闘魂復活

 

一方の猪木は、シリーズに合流して8月28日、田園コロシアムで国際軍団のラッシャー木村と復帰第1戦を行います。延髄斬りからの卍固めで木村を葬った猪木は試合後、マイクを掴み、リング上に居並ぶ国際、維新軍を前に

「てめぇらいいか、姑息なマネをするな!片っ端からかかって来い!全部相手してやる!藤波だって、坂口!お前もだ!」

そして、

「オレの首を掻っ切ってみろ!」

と、鬼神の表情で怒髪天を突くマイクアピール。

当時、対立する長州や国際軍だけでなくなんで藤波や坂口まで?と不思議だったこの発言、ここまでの舞台裏を知ると単なるアピールとしての発言ではなく、腹に据えかねた魂の叫び、シュートな怒りからくるものだと理解できます。

 

この虚実入り混じったリアルさが、プロレスラー アントニオ猪木の、他の追随を許さない魅力なのです。

 

ストーリー上、勝利した猪木のそばに駆け寄るべく通路奥に姿を現していた藤波でしたが、この迫力の前に一歩も動けず、同じく猪木の復帰戦の様子を見ていた博美新副社長、望月新常務、そして大塚氏らと共に凍りつきました。

 

試合後の控室、新日プロ内紛の噂を質問された猪木はマスコミに対し、

「そんな生臭い話はしたくない。逃げていると思ってもらって結構。モノを考える次元が違う連中とは話をしたくない。ハイセルがどうのと言う人間がいるが、俺は天地神明に誓って不正はしていない。将来の夢よりも目先のギャラが大事だと連中が考えているのもわかった。ならばそれで良いというのが今の俺の考え。とにかくプロレスラーはリング上だ。リングで一つ一つ片付けていきますよ」

と晴れ晴れとした表情で応じ、以降、リング上で自身の影響力を行使し始めます。

 


◆新シリーズ、大混乱のバックステージ

タイガーマスク引退の余波が不安視された新体制下のブラディファイトシリーズは「猪木復活シリーズ」として連日、盛況をみせました。しかし、8月26日の開幕戦 大宮スケートセンターの控え室から雰囲気は険悪で、内情はガタガタでした。

 

クーデターに全面降伏したかに見えた猪木は、28日のシリーズ合流から藤波を中心とした選手会主体のマッチメイクを完全無視、断固拒否の姿勢をみせて、維新軍、国際軍、そしてディック・マードックらとのシングルマッチ、と独自路線を開始。

新間氏の指示によるとみられる前田が欠場、さらにシリーズの目玉として招聘した「まだ見ぬ強豪ガイジン」ヘラクレス・ローンホークがとんだ一杯食わせ者で見掛け倒しの大コケ、と想定外の事態が相次ぎます。

 

新体制でエース兼マッチメイカーとなった藤波は、分裂していたクーデター派のそれぞれにいい顔をしていたのが災いし、その優柔不断さから急速に信頼と求心力を失い、興行運営においてもはや、コントロール不能に陥ります。

 

なんとか急場を凌ぐべく、切り札の藤波vs長州を4週連続で行う事としますが、そこに介入したのが猪木でした。特別レフェリーに名乗りを上げるも維新軍に袋叩きにされたりするストーリーでおいしいところを持っていき、連戦はいずれも不透明決着の連続で「名勝負数え歌」としてのブランド価値も落ちていきます。

 

この事態に、猪木と長州の接近を感じ取った藤波は、猪木に接近。

「タイガーとショウジ・コンチャに騙された。僕自身は一度も猪木さんを裏切るつもりはなかった」

と釈明します。

 

猪木は藤波との面会後、今度は佐山を呼び出し「さっきまで藤波がここに居て、全部お前のせいだと言っていたんだけど」と誘い水をかけます。

激怒した佐山はクーデターの全貌を猪木にぶちまけ「自分は本当に引退して、コンチャ氏と車の販売を手掛けるつもり。だからしがらみがない事実を言ってます」。

猪木はそんな佐山に対し「新間が第3団体設立に動いている。お互い誤解があるようだから一度会ってみればいい」とアドバイスし、新間が画策していたUWF構想を後押ししました。

 

猪木はこの時期、長州ともクーデター事件について話を聞いています。

長州は「自分はクーデター騒動に関係なく、マサさんのようにあくまでフリーになりたいだけ」とかねてからの主張を繰り返します。

それに対し猪木は「独立をバックアップするから、新団体を作るつもりでやってみろ」とアドバイス。

その言葉の通り、長州は後のジャパンプロレスの原型となる「リキプロダクション」を設立へと動き始めます。

 

そしてもう一つ。シリーズ後半戦の9月23日、大阪府立体育会館で行われたアントニオ猪木vsラッシャー木村戦。

この試合は後に「キラー猪木」(試合)の一つとして有名なのですが、序盤戦、木村のヘッドバットに防戦一方だった猪木が突如として怒り狂い、後半はワンサイドで木村に対してナックル、顔面への蹴りを連発。木村は顔面血まみれで戦闘不能、KOで葬り去られた一戦です。

この試合の背景には木村との再戦は時期尚早、と一旦拒否した猪木に対し、選手会、そして小鉄氏自らより「もう宣伝してチケット売ってる以上、やってください」と請われ「そこまで言うならやってやるけど、どうなっても知らんぞ」と吐き捨てた上での暴走とも、実は腰痛が酷くまともな試合ができない木村に対してやりようがなくこうした、とも、木村は後に新間の新団体UWFに移籍する予定があり、新日マットでの商品価値がなくなったので潰した、とも言われ、これまた複雑なのですが、この試合の怒髪天を衝く猪木の迫力と狂気には誰も太刀打ちできず、レスラー猪木の威力を見せつける意味合いは、充分過ぎるものでした。

 


◆猪木によるクーデター鎮圧

 

新日プロの代表取締役に収まった望月氏と博美氏に、上司である三浦専務から呼び出しがかかります。

「ふざけんな、この野郎!猪木と坂口を追い出して、何でお前らがそこに居るんだ!猪木を外すならテレビ朝日はもう面倒みないぞ!」

上司であり「テレ朝の天皇」の激怒に怖れをなした両者は、自宅待機中であった坂口に連絡、シリーズ帯同とマッチメイク担当を願い出ます。

もちろん坂口はこれを快諾し、以降は坂口とミスター高橋によりマッチメイクが実行され、レフェリーも含む選手会は猪木、坂口の権力下に逆戻り。現場レベルのクーデターは事実上、制圧となります。

 

もともと退社の意志が強かった大塚氏ら営業部隊は猪木との話し合いで「新日本プロレス興行」という子会社設立に向けて動き出し、残る反乱分子は山本小鉄氏、ただ1人となりました。

 

11月11日

緊急株主総会開催。

 

テレ朝と、猪木の個人タニマチであり大株主の佐川清・佐川急便会長の委任状をもとに、山本、望月、博美3氏の代表取締役解任決議が出され、猪木の社長復帰と坂口の副社長復帰が議決されます。

またテレ朝から岡部取締役副社長、永里取締役専務の両氏が出向。大塚氏と山本小鉄氏は取締役に降格。望月氏はテレ朝に戻されます。

 

これに納得しない小鉄氏に対し、大塚氏は「山本さん、もう終わりにしましょう」と声をかけます。猪木は尚もごねる小鉄氏に

「社長室で二人だけで話そう」と声をかけます。

5分後、猪木が号泣した小鉄氏と一緒に社長室から現れ「話は付いたから」と一言。

 

こうして新日プロクーデター事件は、発覚から3ヵ月をたたず、結果として猪木の手により完全に鎮圧されました。

 


 

第3回に続きます!

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