力道山

プロレス

「大木金太郎」~1929-2006 テーズとのシュートマッチ、力道山襲名計画の真相

今回はジャイアント馬場、アントニオ猪木と共に「力道山道場三羽鳥」と言われた大木金太郎さんをご紹介します。 「一本足原爆頭突き」を武器に日本、米国、韓国で活躍し、猪木、馬場とも因縁の対決。 ”二代目力道山”襲名に執念を燃やし、...
プロレス

追悼”センセーショナル”「ザ・デストロイヤー」~1930-2019 視聴率64%の”白覆面の魔王”

ザ・デストロイヤーさんがお亡くなりになりました。 私より歳上の世代の方々にとって、「ふくめんレスラー」といえばこの方でしょうね。 私のデストロイヤーさんの最初の印象は「馬場の味方をするへんなガイジン」。デストロイ...
プロレス

日本プロレス時代の「ジャイアント馬場」①~1960-1963 初の米国遠征と凱旋!~馬場の全盛期と名勝負とは

●馬場の全盛期は60年代の「日本プロレス」 アントニオ猪木とジャイアント馬場。 日本統一の野望、格闘技世界一決定戦、過激なプロレス…どうしても猪木の話ばかりになります。 1970(昭和45)年生まれ...
プロレス

「アントニオ猪木とルーテーズ」〜1975 闘魂vs鉄人

1974「最強タッグ戦」からの派生で、今回はアントニオ猪木と、「鉄人」「20世紀最高のプロレスラー」ルー テーズとの関係についてご紹介します。 初対決 鉄人ルー テーズは1916(大正6)年生まれ...
プロレス

「カール ゴッチ」~1924-2007 ”プロレスの神様”とアントニオ猪木

2017年7月28日、没後10年になるカールゴッチさんの墓が東京 荒川区の回向院に建立され、納骨式にアントニオ猪木さん、藤原喜明さん、前田日明さんらが出席してニュースになりました。 今回は”プロレスの神様”カール ゴッチさ...
プロレス

「東京ドーム プロレス興行の歴史」〜1998-2018 東京ドーム開業30周年記念

2018年、東京ドームは開業30周年なのだそうです。 「東京ドームでのプロレス興行」について調べてみたのですが…なかなかまとまってるサイトがなくて苦労しました。 プロレス、東京ドーム といえば、いまでは「1.4」が代名詞ですが、...
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アントニオ猪木vsビル・ロビンソン 1975~②G馬場の逆襲・仁義なき暗闘

①はコチラ ●ジャイアント馬場の逆襲 1975年、小林と大木を撃破し勢いに乗る猪木に対して、ジャイアント馬場は日本テレビと共に、大仕掛けを打ち反攻に出ます。 それは「オープン選手権」の開催です。「世...
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力道山はなぜ、木村政彦に負けなかったのか②~1954 ベストセラーに対する私論 後編

前編はコチラ ◆昭和の巌流島、力道山vs木村政彦戦 そして木村氏は帰国後、力道山が興した日本プロレスに参加、やがて対立して1954年の一騎打ち、となるのは前述の通りです。 調印式は1954(昭和29...
プロレス

力道山はなぜ、木村政彦に負けなかったのか①~1954 ベストセラーに対する私論 前編

プロレス、格闘技ファン以外からも大いに話題となり、「木村政彦」という伝説の柔道家を一気に世に知らしめた、2011年刊行のベストセラー『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』増田俊也著(新潮社) いまから65年も前の出来事であ...
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「力道山」と「プロレス」はなぜ、戦後日本に大ブームを巻き起こせたのか?〜正力松太郎とCIA①

”「力道山」と「プロレス」はなぜ、戦後日本に大ブームを巻き起こせたのか?” よく語られるのは、 「大きなガイジンをバッタバッタとなぎ倒す力道山が、敗戦した日本国民の鬱屈した気分を晴らしたから」 といった理由ですが、 ...
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