「ホンダ シティ カブリオレ」〜1984 真剣にフザけた名車


PR


浪人が決まるや否や「予備校に通うため」という口実で中型免許を取り(勉強しろよ)、ずっとバイク乗りだった私が、社会人になって初めて自分で買ったクルマが真っ赤な「ホンダ シティ カブリオレ」でした。

「オープンカーに乗りたいが、4シーターのオープンカー自体が他にない」という理由もありましたが、

「ホンダ シティ というクルマがずっと気になっていた」のです。

 

当時、すでに10年オチの中古車しかなく、あちこち探して千葉の中古車屋で購入。価格は54万円くらいだったと思います。

初めて買った自分のクルマ、暇さえあればとにかく意味もなくあてもなく走り回り、ブッ壊れるまで乗り潰しました。

 


◆カブリオレの思い出

 

  • ライトをつけたら室内メーターがまっ暗になったり(タミヤのプラモデルか!)
  • 大雨の中ワイパーが動かなくなりまったく前が見えずスタンドに駆け込んでガラコを塗って凌いだり(中村あゆみか!)
  • 幌とフロントガラスの境目のゴムパッキンがボロボロで雨の日はカーブのたびに運転席が洪水になったり(トムとジェリーか!)
  • 走行中にふざけて幌を開けたらウィリーしそうになったり(カリオストロの城か!)
  • クーラーがまるで効かないのにヒーターだけは焼けるように暑かったり(科学忍法火の鳥か!)
  • 高速でオーバーヒートしていきなりエンジンストップして追突されそうになったり(チキチキマシンか!)
  • 坂道に駐車して公衆電話をかけていたらサイドブレーキが効かずに無人で坂をバックで下がりだし、あわてて追走して飛び乗ったり(ジャッキーチェンか!)
  • 最期はマフラーのつなぎ目が錆びてチギレて、走行中に突然爆発音と火花と黒煙を吹き爆音のまま走り続けたり(007か!)

 

 

…などなど、壮絶なエピソードだらけです。どれも、ウソのような実話です。数ヶ月おきにハプニングに見舞われました。なんどJAFのお世話になったかわかりません。ありがとうございます。

 

それでも修理して乗り続けたかったのですが「さすがにこれ以上コレに乗り続けたら死にますよ」と修理工の人に真顔で止められ、泣く泣く廃車にしました…。合掌。

 


 

◆唯一無二のデザイン

 

この「ホンダ シティ」は、80年代を象徴する、ユニーク過ぎるクルマでした。

 

「トールボーイ」という、前後が詰まって上に伸びた、デフォルメされたようなデザインは一目見たら忘れられません。チョロQみたい、と言われますけど、こっちの方が先ですからね。そのくらい独創的なセンスです。

 

中でも「カブリオレ」は1984年発売でたった2年間の生産だったようですが、いまでも時折走っているのを見かけたりします。初代シティにフェンダーのついた「ターボII」のボディに、ピニンファリーナがデザインした幌がついて、発売当初は異例の12色バリエーションで、ピンクやペパーミントグリーンなんかもありました。内装はいたってシンプルでしたがグレンチェック柄のシートでした。


 

◆ホンダ シティ開発秘話

 

この「ホンダ シティ」を開発したのは平均年齢27歳の若手スタッフチーム。ホンダのサイトによれば

 

1978年、「80年代の省資源車の決定版をつくれ」という指令を受けて開発がスタート。当時、日本はアメリカを抜いて世界一の自動車生産国になったものの、国内需要は低迷を続け、さらには乗用車の対米輸出自主規制が始まるなど、国内の4輪車市場はその厳しさを増している状況にあった。従来の概念に当てはまらない、新しいカテゴリーのライト・ビークルを目指した…

 

のだそうです。

 

シティの開発コンセプトは

①既成のマーケットを超えた新しい需要の創造
②省資源、省エネルギーの社会ニーズに応え、特に若者ユーザーを目指した、個性明快なクルマ
③ユーザーの本物指向を満足させ、しかも新しいライフスタイルを提案する、基本性能の優れたクルマ
④クルマを生活道具と考える若者ユーザーに、オリジナルな発想で乗りこなしてほしいクルマ
⑤独創的なHondaにふさわしく、数々の先進性と国際レベルの大きなスケールを持ったクルマ

という5つが掲げられ、プロトタイプをそのまま市販車として発売するべく、ホンダの社内でかなり苦労したそうです。

 

「モトコンポ」という小型バイクがトランクに格納されている、というまさに007みたいな遊びゴコロとか、ホンダさんはホントによくやった、と思います。


 

◆伝説のCM、販促戦略

 

「ホンダ シティ」といえば、なんといっても「CM」を思い出す人が多いと思います。

日本では無名のイギリスのバンド「マッドネス」を起用し、「なんだコレは!」と懸念を示す上層部に「若い人は、いいと言ってくれてます。年寄りはダメと言ってます。若者の2、3割の共感を得られれば、このクルマの目的は達成されます。Hondaの謳う若さという企業イメージでいきたいのです!」と熱く訴えて作られた、のだそうです。

あの「ムカデダンス」は流行りました。ちなみにあの曲の作曲は井上大輔さんだった(!)んですね。知りませんでした。

 

ほかにも販促物がユニークで、カンペンケースとか下敷きを持ってる友達もいましたし、当時のカタログなどを見るととにかく尖った、ユニークなコンセプトが沢山詰まったオモチャ箱のようなクルマです。

 

 


この「ホンダ シティ カブリオレ」というクルマ、いま見ても魅力的ですよね。

デザインもカッコいいし、なんともユニークで愛嬌があります。そのまんまのデザインで新型出せばいいのに、とずっと思っています。

イマドキのクルマはどれもこれもなぜに、あんなに目つきが悪いんでしょうかね。NBOXのような、丸目の復活を求めます!


ID:1114


PR


4 Comments

    • MIYA TERU

      nakiさんコメントありがとうございます!当時は街中で見かけい日はないくらいの人気でしたが最近はめったに見かけなくなりました。。。

  1. tom uchi

    一年前のブログにコメントです。正にフレイムレッドカラーのカブリオレを新車で購入、未だに所有しています。
    楽しく拝読いたしました。
    完全オリジナル、オプション仕様で当時206万円でした。(本体価格138万円ですが、当時はエアコンやオーディオが付いていませんでしたので)
    パワステなしで重いし、新車当時はなかったのですが雨の日はやはり足が濡れます。
    すでにすべての部品は純正新品では調達できないのでヤフオク頼みでしょうか。それでも月に一回のコンディション維持のためのドライブは楽しいです。
    現在走行距離13,000km 。

    • MIYA TERU

      コメントありがとうございます!新車で購入されて、まだ現役なのですね、スゴイ!ホントに愛すべきクルマですよね、大切にしてくださいね!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です