天龍源一郎

プロレス

追悼 暴走戦士「ザ ロード ウォリアーズ」

2020年9月22日、プロレスラーのアニマル ウォーリアーさんが亡くなりました(享年60歳)。相棒のホークさんも2003年にお亡くなりになっていますので、ロードウォリアーズのお二方共に、鬼籍に入られたことになります。 今回は追...
プロレス

「1990年代のプロレス界」ざっくりまとめ!〜三銃士と四天王の時代

このBlogでは昭和のプロレス、70〜80年代(昭和40〜50年代)が中心なのですが、今回は平成初頭、「1990年代の日本プロレス界」をざっくりまとめます! プロレスについては、たくさんのブログやWebサイトがあるものの、「9...
プロレス

「PWFの歴史」〜1973-1989 ジャイアント馬場、昭和 全日本プロレスの看板タイトル

今回は昭和の全日本プロレス、ジャイアント馬場の代名詞タイトル「PWF」について、その発足から1978年〜79年の激しい王座移動劇を中心に、三冠統一までの歴史をご紹介します! 「PWF王座」とは? 1972...
プロレス

鶴田天龍vs長州谷津〜1986 インタータッグ2連戦 全日本対ジャパン 頂上対決

昭和プロレス名勝負。新日本プロレス大量離脱で誕生した長州力率いるジャパンプロレスと、全日本プロレスの軍団抗争は、1986(昭和61)年初頭、鶴田&天龍と長州&谷津がインタータッグ2連戦でピークを迎えていました。 ...
プロレス

「世界最強タッグ決定リーグ戦」~1981-1984 全日本プロレス冬の風物詩

「世界最強タッグ決定リーグ戦」。 年の瀬が近づくと「オリンピア」の旋律と共に、豪華絢爛な入場式の記憶がよみがえります。 1977年12月の「世界オープンタッグ選手権」が大成功に終わり、翌1978年より「世界最強タッグ...
プロレス

追悼 プロレスラー「輪島大士」〜1986-1988 天龍との激闘、黄金の左

第54代横綱 輪島大士(本名 輪島博)氏がお亡くなりになりました。享年70歳。 横綱時代はもちろん、全日本プロレスでプロレスラーをやっていた事も遠い昔の話ですね…今回は1986〜1988「プロレスラー輪島」を振り返ります。 ...
プロレス

「上田馬之助」〜③1983 vsジャイアント馬場 腕折りマッチ

上田馬之助シリーズ ①「上田馬之助」略歴  ②vsアントニオ猪木とのネイル デスマッチ に続いては、猪木戦の5年後、1983年3月3日、後楽園ホールで行われたジャイアント馬場戦との一騎打ちです。 当初は「馬場抜きシリーズ」とし...
プロレス

「日米レスリングサミット」〜1990 東京ドーム WWF&全日本・新日本 プロレス 合同興行

89年の「格闘衛星★闘強導夢」、 90年の「スーパーファイトin闘強導夢」 に続く東京ドーム・プロレス興行シリーズ第3弾。 1990年4月13日、WWF(現WWE)と全日本プロレス、新日本プロレスのメジャー3団体が共催した「日米レ...
プロレス

「’90 スーパーファイト in 闘強導夢」〜1990 史上最高の東京ドーム 新日本プロレス

今回は、1990年2月10日に開催された、新日本プロレスの東京ドーム興行 第2弾にして「史上最高」との呼び声も高い、新日プロvs全日プロ 夢の団体対抗戦が行われた「スーパーファイト in 闘強導夢」について、生観戦の思い出と共にご紹...
プロレス

「天龍とロビンソン」〜1981 天龍源一郎がプロレスに覚醒した日

※文中敬称略 ◼︎天龍が「Mr.プロレス」である理由 天龍源一郎はいつの頃からか「Mr.プロレス」と呼ばれるようになりました。それは「日本人レスラーでただ1人、ジャイアント馬場とアントニオ猪木からピンフォール(3...
プロレス

SWSとは何だったのか?最終回~⑥プロローグ/龍原砲、天龍引退

●龍原砲の復活 SWS時代で「唯一に近く嬉しかった出来事」として天龍が挙げているのが、盟友である阿修羅原の復帰でした。 1991年8月9日、横浜アリーナのSWS 1周年記念興行で龍原砲が2年9カ月ぶりに再結成。 ...
プロレス

SWSとは何だったのか?~⑤企業のプロレス参入、他団体とその後への影響

●企業のプロレス参入 メガネスーパーはその後、低価格店の攻勢ほかで売上が厳しくなり、田中氏が会長職を退いた翌年の2008年に赤字に転落、以降債務超過に陥り上場廃止の猶予期間入り銘柄となっていました(継続的な資本増強策により16年に約10年...
MIYA TERUをフォローする
タイトルとURLをコピーしました