「格闘技世界一決定戦」③〜1976 アントニオ猪木vsモハメド アリ【中編】20世紀最大のスーパーファイト


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アントニオ猪木vsモハメド アリ 格闘技世界一決定戦前編に続いて中編となる今回は、いよいよ”20世紀最大のスーパーファイト” ”WAR OF THE WORLD” “FIGHT OF THE CENTURY” 15ラウンド死闘の全貌をご紹介します!

      

 


 

●19760626 決戦当日!

 

この試合は、衛星中継されるアメリカのプライムタイムに合わせて、日本では土曜日の昼間に行われました。試合開始は11時50分。TV放送は生中継と誤解されていますが、実際は1時間40分遅れの13時から2時間番組。いまでいうディレイ放送です。

 

そしてなんと当日の夜、19時30分〜21時20分にも特番があり、「同日2回放送」という破格の扱いです。昼の放送の視聴率は最高54.6%、平均で46%。夜のニューヨーク、ロスを結んでの三元中継でも26.3%を記録しました。

 

 

この試合はクローズドサーキット(劇場での有料中継)が全米170ヶ所、カナダ15ヶ所、イギリス6ヶ所など世界中で14億人が視聴した、と言われます。さらに全米ではニューヨーク、シカゴ、ヒューストン、ロスアンジェルスの4都市でこの上映に合わせて「格闘技オリンピック」と呼ばれる興行が開催されました。

 


 

●闘う運命だった?~酷似するプロフィールと体格

 

アントニオ猪木 / モハメド アリ

生誕 1943年2月20日 / 1942年1月17日

年齢 33歳 / 34歳

デビュー 1960年 / 1960年

身長 191Cm / 191Cm

体重 100.5Kg / 99Kg

リーチ 196Cm / 202.4Cm

首回り 50Cm / 43.8Cm

胸囲  123Cm / 110Cm

腰囲 90Cm / 86.3Cm

こぶし 33.5Cm / 33Cm

 

なんの接点もなかった両者ですが、アリが1歳上ですがプロ デビューも同年、1974年から共に”黄金期”を迎える全盛期同士での対決であり、体格もほぼ互角でした。

 


 

●死闘15ラウンド!

 

試合内容と展開は、いまではありがたいことに全編ノーカットで観ることができるようになりましたので、ご自身の目で確認してください。

 

入場~試合前の猪木の表情に注目です。実に晴れ晴れとして自信に満ちた、真っ直ぐで綺麗な目をしています。試合に至るまで、さまざまな交渉で揉めに揉めましたが、猪木はアリの実力は誰よりも知るところです。スパーリング パートナーをつとめた藤原喜明は、「猪木さんは感情の起伏が激しくてね、自信満々かと思えば、急にフジワラ、オレ勝てるかな…とか言い出すんだよね」と当時の様子を語っています。それらの怒り、葛藤、恐怖、興奮、気負いなどをすべて乗り越えて、達観したような様子に見えます。この時期がアスリートとしても精神的にも、アントニオ猪木のピークにあったと私が思うのは、この泰然自若とした態度からなのです。

 

ゴングが鳴ると、凡戦でも退屈でもない、文字通り最高レベルの真剣勝負が繰り広げられます。

アリは寝て戦うという奇策に出た猪木に対し「これは真剣勝負ではない、あくまでお遊びだ、立ってかかって来い!という姿勢を貫き挑発しますが、猪木の執拗な蹴りの連続に、ラウンドを追うごとに徐々に真剣な表情に変化していきます。

 

ひたすら脚を蹴られまくり、パンチが放てない展開にも勝負を捨てず、最後までステップを踏み続けたアリはやはり、グレイテストでした。そして猪木はジリジリした焦りの中で、ひたすら寝たままの状態で、アリの脚を蹴り続けます。

 

後に「猪木にはテイクダウンの技術がない」だの「大した攻防がない」だの、指摘する人が大勢いますが・・・そんなのは背景も経緯も当時の環境も知らない者の後付けの批判に過ぎません。誰もやったことのない戦いで、全地球規模で注目される舞台で、一発でもパンチを喰らって負けたらすべてがオシマイなのです。寝たままの状態で80発近い蹴りを、45分も全力で放ち続けるのがどれだけシンドイことか。猪木の体力と精神力には恐れ入ります。

 

さらには、猪木はラウンド間のインターバル中も、一度も椅子に腰掛けません。「60分フルラウンドぶっ続けで戦うスタミナがあるのがプロレスラーだ」という矜持からの行動です。

 

そして計64発の蹴りを脚に命中させられてパンパンに腫れ上がっても、最後まで試合を捨てず、戦い抜いたアリの体力と精神力も凄いのです。

 


 

●反則負け覚悟の暴走を食い止めたもの

 

第6R猪木の蹴り足をアリが捕らえ、バランスを崩して両者がグラウンドの体制になるシーンが、ただ一度だけありました。この時、猪木は肘打ちをアリの側頭部に放ち、アリ側のセコンドから「反則だ!」と猛抗議を受けます。

プロレスファンは、あの時「反則でもなんでいいから、猪木にアリの腕の一本でもへし折って欲しかった」と思いました。ビデオもない時代、生でこの試合を観た多くのプロレスファンはそれが心残りでした。それをやれば、積年の「プロレスはインチキ」「プロレスラーは強くない」という声を払拭できたかもしれません。

 

しかし、猪木はやらなかった。できなかった、と言うべきかもしれません。もちろん、そんな事をしたらなにをされるかわからない、という畏怖もあったかもしれませんが、敵地パキスタンで現地の英雄の腕をヘシ折れるのが猪木です。そんなことをして「だからプロレスは・・・」と軽蔑されるのを避けた、という理由もあるでしょうが、根底には、この試合の中で生まれたアリへのリスペクトがあったからだと思います。

 

そして、こんなリスクしかない戦いを挑まれて、周囲の猛反対と、途中でセコンド陣の「こんなくだらない(なんの得もない)お遊びは、もうやめちおう」という声にも怯まず、敢然と最後まで受けて立ったアリもまた、試合を通して猪木へのリスペクトが生まれていました。その証拠に、これ幸いと試合の中止を求めるセコンドに対して、アリはそれを制して試合続行を望むのです。

 

アリは試合冒頭から「これはお遊びだ、真剣勝負じゃない!」というスタンスで、オーバーなジェスチャー、お得意の顔芸を披露して、猪木に対して「もっと派手にやりあって盛り上げようぜ、なに真剣(マジ)になってんだよ」と再三、アピールします。

 

それに対して猪木はまったく付き合わず、真剣そのものの格闘競技者として、勝つための戦略のみを実行し続けます。

 

リアルファイトのプロボクサーアリがエンターテイメントを求め、フェイクなはずのプロレスラー猪木がシリアスなリアルファイトを求める、という奇妙な逆転現象。

 

それが互いのプライドの示し方なのです。

 

そして中盤以降、アリは猪木のやりたいことに真剣に向き合い始めます。この攻防以降、アリのジャブが猪木にヒットしたり(第10R)、猪木のフェイントをかけてのタックルにアリが左ストレートを放つ(第13R)など、試合が動き始めました。

 

しかし、この勝負に決着はつきませんでした。双方が理解しあい共鳴した結果、つけられなくなった、とも言えます。

これを猪木自身は「2人にしかわからない感覚」と評しています。

 


 

●謎のドロー裁定

 

試合は決め手を欠いたまま、15R フルに戦って決着は判定へ持ち込まれます。

 

ジャッジは日本ボクシング協会公認レフェリーの遠山甲氏、柔道出身の元レスラー ジン ラーベル氏(この試合のレフェリー)、そして元・日本プロレスで当時NET解説者の遠藤幸吉氏の3名。そもそもが謎の人選です。

 

発表されたスコアは、

遠山氏 ×アリ68-72猪木◯
ラーベル氏 △アリ71-71猪木△
遠藤氏 ◯アリ74-72猪木×

これにより正式結果は「三者三様のドロー」となりました。

 

誰もやったことのない判定とはいえ、この結果は怪しさしか残りません。マストラウンド制なら、確実にキックで有効打を放ち続けた猪木の優勢勝ち、というのが本当でしょう。「ボクシング協会の遠山氏が猪木に付けたのに、プロレス出身の遠藤幸吉氏がアリに付けたのは賄賂を貰っていたからだ」という噂が流れ、試合後は遠藤氏を襲撃する動きまでありました。

 

引き分け裁定に場内が騒然とする中、アリと猪木は笑顔で抱き合って互いの健闘を称え、リングを降りました。

 

 


 

●試合後の控え室 大荒れのアリ側、ひとり号泣する猪木

 

試合後の控え室の様子を知る藤原喜明氏は「アリ側は中にはもちろん入れないけど、中からイスを投げる音がして、相当荒れてたね。脚の状態が悪くて揉めてたんじゃないかな。猪木さんは人をすべて外に出して、1人で赤ん坊みたいに泣いてたよ…」

 

猪木の胸中は、安堵感と決着をつけられなかった悔しさなど、想像するに余りあります。猪木の足の甲は自ら放った蹴りのため、剥離骨折していました。

 

猪木は「勝てる」と思っていました。どんなルールであれ、どこかで仕留められる、と信じて疑わなかったのだと思います。そしてそれは、アリも同じでした。しかし、結果は「引き分け」という事実だけが残りました。そしてそれは、予想外に厳しい反応へとつながっていくのです。

 

次回、後編に続きます!


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